第71話 お茶で一服しよう
「ありがとう。もういくつかカップを持ってきてくれるかな? スプーンも1本持ってきてくれると嬉しい」
丁稚の少年に声をかける。
「承知致しました!」
ヤカンを僕に渡すと少年はすっ飛んでいった。
僕はヤカンをメルに持ってもらって、急須に緑茶の茶葉を入れる。そしてメルからヤカンを渡してもらって急須にお湯を注いだ。緑茶の香りが匂い立つ。僕は蓋を閉めて、しばらく蒸らした。
「それはなんだ?」
「緑茶という飲み物です。渋みがあって口の中がスッキリしますよ」
カップに急須から緑茶を注いでレザスさんに差し出す。もうひとつのカップにも注いで僕は口を付けた。
「熱いですから、気を付けて」
「冬に白湯を飲んだり、ワインを温める習慣はあるが、こういうのは初めてだな。独特な香りだ」
レザスさんは緑茶に口を付けると、眉を顰めた。
「これは渋いな。だが甘みもある。薬ではないのだな?」
「単なる飲み物ですが、ちょっとした覚醒作用があります。目が覚めたり、元気になったりしますよ。ただトイレも近くなるので注意してください」
緑茶にもカフェインは含まれているから、間違ってはいないはずだ。
「薬ではないか。錬金術によるものか?」
「いいえ、茶葉そのものの効能です。摘んで揉んで乾燥させたくらいだと思いますよ」
「失われた薬師の技か……」
「アーリアに薬師の方はいらっしゃらないんですか?」
「魔術の普及と共に廃れていった。大抵の病気は小回復の魔術でなんとかなるからな。重い病気になると錬金術師の作るポーションのほうが効果が高い」
「ああ、なるほど」
そこで丁稚の少年が追加のカップを持ってきてくれる。今度はそこにインスタントコーヒーを入れて、ヤカンでお湯を注いだ。スプーンで掻き回す。
「まだあるのか」
「こっちはコーヒーと呼ばれるものです。効能は緑茶と似たようなものですが、こちらは苦い味がします。ですが慣れれば癖になりますよ。砂糖を入れて飲む人も多いです」
「飲み物に砂糖を入れるとは、お前の郷里はどうなっているのだ」
頭を抱えつつ、レザスさんはコーヒーにも手を伸ばす。
「確かに苦い。だが俺はこっちのほうが好みだな。作り方も簡単そうだ」
そりゃインスタントコーヒーですからね。
メルの分も作って3人で緑茶とコーヒーを飲み比べる。
「渋いし、苦いよぉ」
「コーヒーにはミルクを入れる習慣もあります。メルにはそのほうが良かったかな」
「どちらもしばらくウチで使ってみよう。眠気覚ましの効果があるなら重宝されるはずだ」
「お代金は例によって次回からで構いませんよ。そう言えばボールペンはどうでした?」
「そうだ。ボールペンだ。あれは素晴らしい品だった。だが50枚から60枚ほどびっしり書くと書けなくなった。是非とも今後も売って欲しいが、値段によるな」
「1本銀貨1枚あたりでどうですか?」
「2本銀貨1枚でどうだ? それくらいなら経費でなんとかなる」
「分かりました。お世話になっていますからね。2本銀貨1枚で卸しましょう」
「助かった。事務方からせっつかれていてな。作業効率が段違いらしい。帳簿を付けるのに夜までかかっていたが、夕方には帰れるようになったと感謝していたぞ。擦っても滲まないのがまたいい」
「とりあえず20本持ってきていますから全部お渡ししますね」
「ありがたい。これなら支店にも回せる。次からも持ってきてくれると助かる」
「分かりました。次回も20本持ってくるとお約束します。ただ毎回7日毎に来れるかどうかは確約できませんが」
「それは都合もあるだろうし、仕方あるまい。行商とはそういうものだ」
「ご理解いただけて感謝します。それからご注文のあった大粒のビーズですが、とりあえず用意できたのはこれくらいの大きさになります」
「ほう」
僕が取り出したビーズの入った瓶を確認してレザスさんは頷く。
「もっと大きくても良いんだが、無いのであれば仕方ない。それに技術的には小さなもののほうが難しいことは分かる。こういったものを飾りとして服に縫い付けるのが流行れば、大商いになるかもな」
「では前回のビーズは」
「ご婦人方は綺麗だと褒めていたが、穴が空いていると知るとな。一応、お前の言うように紐を通したり、服に縫い付けるためのものだと説明はしたのだが」
「売れなかったんですね」
「いま職人に紐を通した装飾品や、ビーズを縫い付けた実際の服を作らせている。それ次第だな。まあ、こういうこともある」
「分かりました。とりあえずこれは預けます。上手く売ってください」
「なに、装飾品としてできあがった現物を見れば意見も変わるさ。特に服に宝石のようなものを縫い付けるという考えは斬新だ。本物の宝石ではとてもできないからな」
そう言ってレザスさんはニヤリと笑った。売れると確信している笑みだった。




