第70話 メルとレザス商会に行こう
電車に乗って自宅まで帰って来ると家族は皆出かけているようで、僕らは楽な気持ちで部屋に入る。キッチンペーパーを取ってきて砂糖とビーズの瓶詰め作業を終え、商品からラベルなどを取っ払いリュックサックに詰めると、キャラクターデータコンバートしてアーリアへと転移する。
まずはエイギルさんの調味料販売店に行って砂糖5瓶を金貨10枚と交換する。
「カズヤ、お前さんのお陰でレザス商会は擦った揉んだの大騒ぎだぞ」
「なにか問題がありましたか?」
「お前が悪いわけではないが、元々レザス商会は食料品の大手商会だ。砂糖やチョコレートはいい。だが鏡とビーズは明らかに他所の商会の商売と被っている」
「他の商会から横やりが?」
「まあな。もちろん会頭はそのことも込みで契約したのだから、お前さんに責があるわけではない。ただお前さんたちにも他の商会から接触があるかも知れん。念のため注意はしておいたほうがいい」
「分かりました。気を付けます」
僕らの場合はいきなり殺されたりしない限りは、キャラクターデータコンバートで日本に緊急脱出ができる。転移を見られる、あるいは知られるというリスクはあるものの、身の安全はある程度確保できる。だからと言って油断するつもりもない。町中であってもこれからは気を付けなければならない。
エイギルさんの店を辞して、レザス商会の本店に向かう。
門番をしている人にレザスさんに会いに来た旨を伝えると、丁稚の少年が飛ぶような早さで現れて僕らを応接室に案内した。席に座って待っていると少年がカップを持ってきたので、お湯が手に入らないか聞いてみる。
「用意して参ります」
ビシッと言って少年は部屋を出て行った。よく教育されていると言うべきだろうか、正直僕よりしっかりしている気がする。
少年が戻ってくるより早くレザスさんが部屋にやってくる。満面の笑みだ。厳めしい顔をしているのでちょっと怖い。
「カズヤ! よく来てくれた! 鏡は持ってきてくれたか?」
「はい。その様子では好評だったんですね?」
「好評なんてものではない。エインフィル伯はいくらふっかけても頷きそうな雰囲気だったぞ。流石に今後も手に入るものでぼったくるわけにもいかないから、金貨100枚にしておいた」
「100枚!?」
それをぼったくるというのではないだろうか。僕の感覚では1千万円以上だ。
「二度と手に入らない一品物だったら2,000枚でも出すだろう。国王陛下に贈られて国宝になってもおかしくない。実際、エインフィル伯は装飾を作り直して王都に贈るつもりのようだ。陞爵して侯爵になるやも知れんぞ。お前がもう鏡は手に入らなかったと言ったら俺は大損するところだった」
僕はリュックサックから鏡を取り出してテーブルに並べていく。これが数千万円だと考えるとちょっと手が震えそうだ。並んだ鏡を見てレザスさんは満足げに頷く。
「念のために聞いておきますけど、2枚セットで100枚ですよね」
「そうだ。残念だったか?」
「とんでもない。真っ当な評価を頂いて感激していますよ」
「そうは言うが」
レザスさんはくつくつと笑う。
「お前の鏡の扱い方を見れば、お前にとってこれがどれほど容易に手に入る品なのかは分かるぞ」
「あっ……」
僕は自分の迂闊さに今頃気付く。高く売れると分かっていたのだから、それなりの扱い方があったはずだ。最低でも紙に包むとか、箱に入れるとかするべきだった。
「構わんよ。お前がどれだけ儲けようとウチは3割の手数料が手に入るのだ。エインフィル伯からの覚えが良くなって、金も儲かる。こんなに素晴らしいことはない」
「エインフィル伯から入手元などについて聞かれたりは?」
「もちろん追求された。だが行商人が持ってきて、これからも持ってくると言っていた、という程度に留めておいた。行商人だからなにかあればすぐに別の領に鞍替えするかも知れないと釘も刺しておいた」
「エイギルさんから他の商会から横やりがあったと聞きましたが」
「お前に危害が加わるようなことがあればエインフィル伯が許さないだろう。お前の人相などは伝えていないが、お前は明らかに異国の風貌だ。狙われるし、守られる。念のため身の回りには気を付けておけ」
「お待たせ致しました。沸き立てのお湯でございます」
丁稚の少年がヤカンを持って部屋に入ってくる。
「ちょうど良いですから、お茶にしましょう」
僕はリュックサックから急須を取り出した。




