第652話 処刑装置は心を持たない
レベル60と言った騎士団長ヘルミヤは魔石式処刑斧で真っ二つ……にはならなかった。
魔石式処刑斧はその体に深く食い込んでいるけれど、即死には至っていない。
でも[強制再生]はともかく、より高位の[高速再生]が使える[回復魔法]使いがいれば即座に戦線復帰できるかもしれない。
だけど幸いこの場に騎士団側の[回復魔法]使いはいないようだ。
僕は床に置いてあった新品の魔石式処刑斧を手に取った。
さっきは騎士団長ヘルミヤがまだ膝立ちでいたため、首を狙うことができなかった。
無抵抗な相手の首に魔石式処刑斧を叩き込んでも、魔石が破損に至らず不発に終わると思ったからだ。
しかし体に魔石式処刑斧が深く食い込んだ彼女は地面に倒れ伏している。
まだ生きているようだが、もう身動きは取れないだろう。
しかしここからでも熟練度の高い[回復魔法]使いが駆けつけてくれば復活する。
確実にトドメを刺す必要がある。
「あなたに恨みは無いけれど」
アーリアの言葉で言ったけれど、きっと何も聞こえていないだろう。
「あなたの選択を認めるわけにはいかない」
僕は魔石式処刑斧をその首を狙って振り下ろす。
衝撃の瞬間、ボンッと魔石が爆発し、その反動で魔石式処刑斧は甲冑の首を切断した。
ぶわっと真っ赤な血が噴き出し、落ちた兜と甲冑の間に血の池を作る。
「さて、抵抗は無意味だとご理解いただけましたか」
床に尻餅をついたエインフィル伯爵は呆然とした表情で、彼を最後まで守った騎士の亡骸を見つめている。声は届いていないようだ。
それはそうか。
閃光音響手榴弾の光こそヘルミヤに遮られたかもしれないけれど、音まで防げるわけではない。
僕は在日米軍から借りたBOLA WPAPという遠隔拘束装置をエインフィル伯爵に向けて発射した。
いわゆる重りを付けた紐を相手に投げて拘束するボーラという伝統的な狩猟具を制圧用に改良したものだ。
発射された二つの重りはケブラー繊維で繋がっていて、目標をぐるぐる巻きにする。
「なにをするか! キサマ! 儂が誰だかわかっているのか!」
拘束されたことに気付いたエインフィル伯爵は僕を睨み付け、身もだえするが、ケブラー繊維はびくりともしない。
その引張強度は鋼鉄の約5倍にも達する。
レベル41の僕でも何重にも巻かれたら脱出は難しいだろう。
かと言ってここに放置もできない。
閃光音響手榴弾に耳をやられたエインフィル伯爵は耳がまだ聞こえていないようだし、セドリックという人も直視してしまったのか床に転がっている。
アルブレヒトさんとニーナちゃんはメルたちの支援に行ってもらったので、ここに残っているのはこの三人だけだ。
僕はエインフィル伯爵の胸倉を掴んで立ち上がらせる。
「パトリックという男のところに案内していただきます」
言葉は聞こえていなくとも、その前に僕の望みは聞いたはずだ。
僕がパトリックの身柄を欲しがっていることは理解しているだろう。
僕は右手で持った魔石式処刑斧を床に叩きつける。
使用済みなので爆発はしないが、大きな音を立てて、床が揺れる。
エインフィル伯爵はヒッと喉を鳴らした。
守り手を失った彼はいま僕の暴力に直接晒されている。
そのことを遅ればせながら理解したのだ。
僕は魔石式処刑斧で、部屋の出口を指す。
そしてその背中を押した。
「無事で済むと思うなよ。ルリュール王国はキサマを絶対に許さないぞ」
等々わめきながらもエインフィル伯爵は歩き出す。
僕らの姿を見た使用人たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
どうやら戦えるレベルの使用人たちは皆ミニガンの犠牲となったらしい。
そして命がけでもエインフィル伯爵を救おうと立ち向かってくる者はいない。
やがてエインフィル伯爵はとある部屋の前で足を止めた。
「あの娘にしたことはここにいる愚か者がやったことだ。儂は一切関与していない」
「そうですか。ですが親とは子のしたことに責任を持つものです」
「それはまだ子どもが幼い時分の話だろう!」
多少は耳が聞こえるようになってきているのか、エインフィル伯爵は僕の言葉に言い返してくる。
「家にいる息子がやっていることを黙認していたのであれば、あなたも同罪です」
「いい年をした息子のやることだぞ! いちいち親が関与などしない!」
「いくら詭弁を弄したところで無意味ですよ。あなたがどうなるかを決めるのは僕じゃなくて、被害者であるヴィーシャさんだ。僕は彼女のところにあなたたちを連れて行く。そして彼女の望みを叶える。あなたがするべきことは、ヴィーシャさんにどれだけの誠意を見せられるかだ。わかりますね」
「平民の小娘の決に従う、と!? キサマ、それでも男か!」
「いくらでも自由に吠えててくださいな」
僕はエインフィル伯爵の言葉を遮ることはしない。
容疑者には抗弁する機会が与えられるべきだ。
いくらでも思うことを言えばいい。
だけど今の僕にはどんな言葉も届かないよ。
自死を選ぶほどに傷ついたヴィーシャさんを見て、僕は怒りに震えた。
でもその一方で、僕の怒りを発散するために彼らを私刑にかけてしまえば、ヴィーシャさんが憎しみを向ける矛先がなくなってしまう。
だから今の僕はヴィーシャさんのための処刑装置だ。
処刑装置に心はいらない。
ただ加害者を拘束して被害者の前に引っ立てる。
そして被害者の望みを叶える。
それだけだ。
それだけでいい。
ケブラー繊維で拘束されたエインフィル伯爵は僕の顔を見て、横に退いた。
僕の前に道を作った。
この部屋にヴィーシャさんを傷つけた男がいるという。
僕は部屋の扉を蹴り開けた。




