第651話 【騎士団長ヘルミヤ】が守りたいもの
カズヤの放つ暴力的なまでの攻撃の嵐を私は背中で受け止める。
両手を壁についていなければ、この体で守るべき領主様を押しつぶしてしまうだろう。
[かばう]スキルのお陰で、領主様に当たるはずだった攻撃も私へのダメージとして処理されているのが幸いだ。
そうでなければ領主様はとっくに殺されていただろう。
カズヤとアルブレヒトがまた知らない言語で会話をしている。
言語を習得できるほどこの二人には以前から関係性があったということだ。
ずっと前からアルブレヒトは騎士団を、領主様を裏切っていたのだ。
信じがたい事実だった。
その長い期間、アルブレヒトは私たちを完璧に騙しきっていた。
一欠片だって疑いを抱かなかった。
騎士団の中でもっとも優れ、もっとも長くエインフィル領に尽くしてきた男だからだ。
彼の忠誠だけは疑ったことがなかった。
そしてカズヤからの攻撃が止まり、カズヤの姿はかき消える。
理由など簡単に想像がつく。
あの武器を入手しにいったのだ。
そしてすぐにアレを手に戻ってくる。
「閣下、ここは一時撤退いたしましょう」
私は誰にも聞こえぬように小声でそう囁いた。
「レベル60のおまえでも敵わぬというのか?」
「この身を犠牲に閣下をお守りするのは本望ですが、犠牲になった上に閣下まで、という結果になりかねません」
「あの男は生きて、と言った。殺されることはないのでは?」
「あの娘がされた非道をご存じでしょう。まず間違いなくそれ以上の非道が行われるでしょう。故に私は引き渡しを断固として拒否しているのです。時間がありません。もうヤツは戻ってくる。その前にご決断を」
「それはエインフィル領を捨てよ、ということか」
「クラッコまで落ち延び、再起を図るのです。またエインフィル領主の座は閣下のもので間違いございません」
「しかし、それは……」
「それは、……続きをどうぞ」
私たちの会話に割り込む声。
カズヤの声だ。間に合わなかった。
逃げるならこいつが戻ってくる前に脱出しなければならなかった。
私は領主様を殴って気絶させてでも連れて行くべきだったのだ。
[我は進みを止めるもの]のクールタイムはまだ終わっていない。他の防御系スキルを発動すれば耐えられるか?
いや、それよりも[かばう]の効果時間が切れた。
このままでは鎧の隙間を抜いた攻撃が領主様を使用人たちと同じように血の染みしか残さないということになりかねない。
ハッと天啓があった。
「待て、[かばう]の効果が切れた。いまそれを使えば領主様の命が失われるぞ。生きて、連れて行くのではなかったのか?」
円筒形の魔道具を私に向けていたカズヤは、なるほど、と理解を示す。
「ではニーナちゃんは僕に捕まってて。アルブレヒトさんもこちらに。セドリックさんでしたっけ? あなたの運がいいといいのですが」
カズヤと一緒に出現していた少女がカズヤの服を掴み、アルブレヒトが近寄ると、三人まとめて消える。
なにを?
と思ったとき、カズヤがいた辺りの床にこつんと何かが落ちて、そちらに目を向けてしまう。
次の瞬間、光の奔流が私の目を焼いた。
視界は真っ白になり、なにも見えない。
ほぼ同時に届いた爆音によってなにも聞こえない。
なにもわからなくなってしまった。
だがこういう攻撃があることは事前にわかっていた。
私は混乱を意思で押し越えて、その場に膝を突く。
両手を使って体を支える。
視覚と聴覚を奪われたが、触覚は残っている。
こうしていれば転ばないですむ。
それが正しかったのか、正しくなかったのか、意味があったのか、なかったのか、結局わからないまま、私は激しい衝撃を体に感じ、それが致命傷であることを理解した。
薄くなっていく意識で、私は使命を果たしきれなかったことを悔いていた。
何がいけなかったのだろうか。
アーリア騎士団の改革をもっとちゃんとしておくべきだっただろうか。
嫡男パトリック様の遊びを黙認などするべきではなかっただろうか。
わからないまま、すべてが遠くなる。
過去も、未来も、現在さえも。
すべてが喪われてしまう。
つまり、これが死なのだ。




