第647話 【アルブレヒト】は冬の風を思い出す
◆◇◆ アーリア騎士団 副団長アルブレヒト
いまカズヤは手に持った火を噴く魔道具をヘルミヤ団長に向けている。
しかしヘルミヤ団長の防御スキル[我は進みを止めるもの]によって魔道具による攻撃は通用しない。
だが[我は進みを止めるもの]には弱点があり、発動中は移動ができない。
私たちは膠着状態で時間だけが過ぎていく。
使用人たちが外を守る騎士たちに応援を要請しに行ったため、時間経過は私たちにとって不利だ。
だがカズヤは外の騎士たちは彼の仲間が足止めをしてくれると言った。
『信じていいのだな?』
カズヤの使う知らない言語、今は何故かこれが日本語という言語なのだと理解が及ぶ。さらに私は日本語を自在に扱えるようになっている。
カズヤに何かをされたのだと思うが、ヘルミヤ団長らに聞かれても理解されない意思疎通手段はとてもありがたい。いま詮索するようなことではない。
『騎士団に所属する騎士は何人ですか?』
『屋敷の守りに就いているのは6パーティだ。各パーティに騎士は4名。後は魔法使いギルドや聖女ギルドから派遣されてきた魔法使いと回復魔法使いが1名ずつパーティにいる』
『その言い方だと予備隊がいるんですね?』
『屋敷の中に6人の騎士を残している』
「アルブレヒト、貴様、以前からこいつらと通じていたということか!」
ヘルミヤ団長が怒声を上げる。
私たちがアーリアで使われていない言語で会話をしていることで勘違いをしたのだろう。言い訳の必要は感じない。どうせ信じてはもらえまい。
『仲間には外から当たるようにお願いしてあります。6人はここに来るかもしれませんね』
『君の武器は騎士たちには通用せんだろう。なにか策が?』
『10秒ください。僕は姿を消しますが、戻ってきます。その間、あちらの方の相手をお願いしても大丈夫ですか?』
『[我は進みを止めるもの]を解除して攻撃してくる可能性はあるが、10秒で私が殺されることはない』
『では、早速』
そう言ってカズヤの姿がふっと消えた。
まるでここにいたカズヤが幻術だったかのように。
「答えろ! アルブレヒト!」
「彼とは初対面ですよ。本当に」
ヘルミヤ団長が騎士が到着するまでの時間稼ぎのために会話をしようとしていることはわかっている。
だが私も10秒が欲しい。
だから会話に乗る。
「ではその言葉はなんだ!? お前はあの紙片の文字も読めたのでは!?」
私はアーリア市内にばら撒かれた紙片のことを思い出す。
あれには確かこんなことが書かれていたと思う。
日本語で『8点鐘の鐘がなったら北区の監視塔に近い防壁を越えて市内に入る。そこで合流したい』だ。
なるほど。
この日本語という言語を一瞬で習得できる何かでカズヤの仲間たちは、私たちにはわからないように連絡を取り合うことができたのだ。
「誓っていい。読めていませんでしたよ」
そこでカズヤが戻ってくる。
片手には先ほどから持っている魔道具。
もう片手には長柄の斧が二本。
『一本どうぞ。思い切り叩くと相手を真っ二つにする魔道具だと思ってください。刃と反対側にも危険な範囲が広がるので、向きには気を付けてくださいね』
剣を鞘に収め、カズヤから斧を受け取る。
驚くほどに重かった。
おそらくこの斧に使われている金属は黒鉄よりも重い。
つまり私たちの知らない素材ということになる。
『相手を真っ二つに? 切断の魔道具ということだろうか?』
『そういうわけではないのですが、まあ、レベル40が装備した黒鉄装備なら幾つかまとめて両断できますよ』
『君が使っても、ということかね?』
『まさしくその通りです。僕が使って、その威力です』
とんでもないものを私はいま手にしているのではないだろうか。
黒鉄装備というと硬いことで有名だ。
適正レベルが40からなのに、レベル79までは実戦で使える。
流石にレベル80での戦いとなると厳しいものがあると聞くが。
『使い方は?』
『思い切り叩いてください。強い衝撃で作動します。ただ一発で壊れるので外さないでくださいよ』
『二本では足りないのでは?』
『使い切ったらまた持ってきます。まだ予備がありますので』
『なるほど。承知した。さて、そろそろ[我は進みを止めるもの]の効果時間が切れるぞ』
『タイミングが良くないですね。敵の増援もそろそろ到着しそうです』
確かに複数の足音が近付いて来ている。
この部屋に突入してくるのも時間の問題だろう。
『その魔道具は捨てないのか? 騎士たちには通用せんぞ』
『果たしてそうでしょうか? まあ、一回やってみましょう』
武器をすでに抜いた6人の騎士たちが客間へと駆け込んでくる。
カズヤは彼らに魔道具を向けた。
騎士たちは室内の状況を見て、私とカズヤが一緒にいることで私の裏切りが本当であったと理解したらしい。こちらに向けて一斉に走ってくる。
そしてカズヤの手の中で魔道具が回転を始め、
最後尾にいた騎士が前を走る騎士の頭部を斬りつけた。
鬨の声を上げるでもなく、無言で、そして苛烈な一撃だった。
[強撃]による攻撃だろう。
黒鉄の剣は重い。兜の上から食らっても、しばらくは脳しんとうを起こしてまともには動けないに違いない。
そして彼が無言で事を成したのは、もう一人、後ろから片づけようとしたからだ。
背後から聞こえた音に驚き、振り返った騎士に向かって、その騎士は[一閃]を放った。それはやはり頭部へと吸い込まれ、兜を断つまでは行かずとも、攻撃を受けた騎士は威力に体勢を崩して倒れ込んだ。
「セドリック!」
誰かが叫び、私は彼が誰かを理解する。
エインフィル伯爵家次男のセドリック様だ。
『彼は味方ですか?』
『そう見ていいでしょう』
『じゃあ、とりあえず後3人ですね』
カズヤの魔道具がブブブと音を立て、火を噴いた。
先頭にいた騎士の鎧に光が命中し、弾かれて部屋のあちこちに飛び散り、調度品を破壊する。そして驚くべきことに、その騎士はその場に立っていられなかった。
カズヤの絶え間ない攻撃を受けて、後ろへと後退していく。
否、後退という表現では生温い。
冬に高地から吹き下ろしてくる強風をまともに受けたときのような、そう、あまりの暴風に足が地面から浮いたときのような、そんな吹っ飛ばされ方だった。
わずか1秒にも満たないような時間でカズヤの魔道具はこちらに向かって走ってきていた騎士を壁際まで後退させたのだ。




