第643話 【アルブレヒト】は決断した
私は間違っていた。
あの娘はカズヤを見れば一目散に駆け寄るとばかり思い込んでいたのだ。
それ故にテーブルに飛びつき、ナイフで首を掻き切る娘を止められなかった。
吹き出した赤い血がテーブルと彼女が身に纏った赤いドレスを濡らす。その出血量は致死的だ。
私の使える[中回復魔術]では間に合わない。[回復魔法]が必要だ。
だがこの場に[回復魔法]を使える者はいなかった。
娘に付いた使用人の中には[回復魔法]に長けた者もいたのだが、娘に[回復]を使い続けた結果、魔力を失い席を外していた。
だが動かなければ娘は死ぬ。
意味の無い[中回復]魔術の構成を作り上げるよりも、私は不確かな可能性に賭けた。つまりカズヤという不確定性の塊のような存在に、一縷の望みを託したのだ。
私は娘を担ぎ上げ、カズヤに向けて投じた。
そして剣を抜く。
「閣下、お覚悟を!」
私は上座に座った領主、つまりエインフィル伯爵へと斬りかかった。
だがその剣閃は、横から割り込んできた剣に止められる。
「ヘルミヤ団長!」
「なにをしている! 乱心したか、アルブレヒト!」
振り返らずとも[気配察知]スキルでカズヤと娘がいなくなったことがわかる。
なぜそんなことが可能なのか。カズヤとは何者なのか。
なにもわからないが、少なくとも勝負は成立したようだ。
つまり一番危険だったヘルミヤ団長のカズヤへの介入は阻止した!
ヘルミヤ団長に剣を弾かれながら二歩後ろに下がりつつ、剣を左腕の下から後ろに突き出す。
背後から私を攻撃しようとしていた使用人の胸に刃は突き立った。
「すまぬ、とは言うまいよ」
私も、お前も罪人だ。
「アルブレヒトォ!」
ヘルミヤ団長が吼えるが、彼女はエインフィル伯爵を守る位置から動けない。
そう、私はどちらかというと真っ当な騎士としてのスキル構成をしている。つまり[突撃]など、前方への攻撃スキルが中心だ。
一方、ヘルミヤ団長は冒険者をしていた頃は重戦士だったので、防御系に寄ったスキル構成だ。誰かを守ることを得意としている。
私がエインフィル伯爵を狙ったことで、ヘルミヤ団長としてはその位置からは動けない。
「誰ぞ、外の騎士に伝えよ! 副団長が乱心し、閣下に剣を向けたと! 応援を呼べ!」
ヘルミヤ団長が声を張り上げる。
何人かの使用人が一斉に部屋の外へと走り出した。私が止めようと思っても全員は無理だ。つまりいずれここには騎士たちが殺到する。
さて、どうしたものか。
肝心のカズヤは消えてしまった。
どうなったのかは最早知るよしもないが、あの娘と共に幸せになればそれでよい。
私は私で非道の決着を付けねばならぬ。
なんとかヘルミヤ団長の気を逸らし、パトリックを誅しに行くのだ。
そうしなければ気持ちよくこの人生に幕を引けない。
つくづく自分勝手な男だと、私は自嘲する。
「ヘルミヤ団長、この期に及んでその男に忠義を尽くすのが本当に騎士団としての道だろうか!」
「黙れ! 狼藉者! 我らは誰に剣を捧げた!」
ヘルミヤ団長の言は正しい。
アーリア騎士団はエインフィル家に剣を捧げた騎士団だ。
身分も俸禄もエインフィル家から賜っている。
「それはルリュール王国から与えられた権限の範囲の話である! エインフィル家が王国に弓引くと決めたのならば、ルリュールの騎士として、正しき道は伯爵の離反を止めることであろう!」
私の言も正しい。
エインフィル家が持つ騎士への叙任権はルリュール王国から与えられた権限だ。故にルリュール王国に対して叛乱を起こすというのであれば、その権限は剥奪されると見てもいい。
だが今したいのはどちらが正しいかという話ではない。
ヘルミヤ団長に隙を作りたいのだ。
私の言葉で迷いを見せてくれればそれでいい。
時間がない。
騎士たちが殺到してくる前にパトリックを殺さねばならない。
そう思ったときだった。
ふと室内に気配が増えて、そちらに目を向けるとカズヤが立っていた。
手には長く太い円筒形の金属を持っている。見知らぬ道具だ。
いや、それよりも!
「なぜ戻ってきた! あの娘は!?」
「それよりもあなたはなぜ僕にヴィーシャさんを? 騎士の人ですよね」
円筒が回転を始める。理屈はわからないが、魔道具の一種だろうか。
それは私に向けられている。
カズヤの声は静かにゆっくりと、ただ怒りに震えていた。
表情も怒りを隠し切れていない。
「あの瞬間に彼女を救えるとすれば未知数のお前しか可能性が無い。それに賭けた」
「では僕の敵は――」
円筒が向きを変える。ヘルミヤ団長と、彼女が守るエインフィル伯爵に。
そして火を噴いた。
ブブブと低く鈍い音と共に、無数の光がヘルミヤ団長に向けて放たれる。
やはり武器系の魔道具か!
しかしヘルミヤ団長はレベル60の重戦士系だ。
レベル40前後のカズヤが扱える魔道具では――。
光はヘルミヤ団長に命中するが、黒鉄の鎧に弾かれる。弾かれた光が部屋のあちこちに飛び散って、石壁を抉り、ステンドグラスを叩き割った。
さらにヘルミヤ団長の前に光の防壁が発生する。
[我は進みを止めるもの]スキルだ。
弓矢のような遠距離攻撃に対して大きい補正を持つ防御系スキルで、カズヤが持つなにかを打ち出すような魔道具とは相性がいい。
だが[我は進みを止めるもの]スキルには明確な弱点が存在する。
スキル発動中はその場から動けないのだ。
故に私にはこの場をカズヤに任せ、パトリックを討ちに行くことができる。
私は足に力を込め、走り出し、――カズヤを後背から攻撃しようとしていた使用人を斬り倒した。
ここであの愚物を殺すために、この青年を置いていくなど、愚の骨頂!
「カズヤ、手札はそれだけか!?」
「いえ、ですが思ったよりも硬いですね。ぐるっと回ります」
カズヤの意図は理解できた。
確かにこの魔道具はヘルミヤ団長には通用すまい。だが壁を抉るこの威力は――、
カズヤがその場でぐるりと魔道具を持ちながら回る。
私はその背を守るように円を描く。
――レベル20前後の使用人には致命的だ。
魔道具の光によって吹っ飛ばされた使用人たちが壁に血の華を咲かせる。
そしてヘルミヤ団長に向いたところで止まる。
円筒は回転を止める。光も出なくなった。
だがどうやら魔石が入っているのかなんなのか、円筒は長い束のようなものを呑み込み、散り散りになったそれを吐き出していた。そしてその長い束にはまだ残りがある。
「あのスキル、止められますか?」
「時間経過を待つしかない。ただ応援を呼ばれた。時間をかけると外の騎士たちが集まってくる」
「ああ、それなら心配ありません」
カズヤが左手で私に触れた。
一瞬だけ景色がぼやけ、なにかを見た気がするが、気のせいだったかもしれない。
いや、気のせいではなかったようだ。
『外の騎士たちは僕の仲間が相手をしてくれます』
カズヤが口にした知らない言葉をなぜ私は理解できるんだ!?




