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GAMELIZATION ~ゲーマライゼーション~ NPCの生存戦略  作者: 二上たいら
第10章 抵抗は燃え上がる

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第642話 【ヴィーシャ】は泣きはらす

 思ったよりたくさん血が噴き出して、テーブルに並んだ晩餐を汚してしまいました。


 首を深く切ったからでしょうか。

 ひゅーっと空気が漏れて、苦しかった胸が楽になって、そして血と一緒に力が抜けていきます。

 倒れ込みそうになった私を支えたのは、何故でしょうか、騎士の男性でした。


 自らの鎧が血に塗れるのを厭わずに、彼は私の体を支え、掴み、そしてあろうことか投げ飛ばしたのです。


「閣下、お覚悟を!」


 私の体は床にもテーブルにも叩きつけられませんでした。

 ふわりと抱き留められます。カズヤさんに。


 目の前にカズヤさんの顔があって、抱き留められて、最後に見る光景がこれでよかった。

 ただ投げ飛ばされた拍子に帽子がどこかへ行ってしまったことだけが悲しい。


 いまカズヤさんは私ではなく、私の額に刻まれた言葉を見ている。


 その表情がみるみるうちに憤怒へと変わるのを見た。


 私のためにそんなに怒らなくていいのに。

 その気持ちはメルさんのために取っておいて。


 だけどカズヤさんは私の体を抱きしめて、


「ニーナちゃん!」


 瞬きの内に、私はまったく知らない場所にいました。


 なんだかすごく眩しいです。


「[二重躁魔(ダブル)]!」


 その言葉が聞こえた瞬間に激しい痛みが首元に走ります。

 泣いてしまいそうなほど痛い。

 額に鉄鏝てつごてを当てられたときよりも痛いくらいです。

 実際にちょっと涙が出てしまいました。


 痛みのあまりぎゅっとカズヤさんにしがみついてしまいました。


 そして気が付いたのです。


 体力が回復していることに。

 傷が癒えていることに。


「ごめんなさい。ヴィーシャさん。[回復(ヒール)]と[強制回復(リジェネレート)]の重ねがけは痛みも倍増します。でももう少し我慢しててください」


 ニーナさんの声だ。


 私よりずっと年下なのに、[回復魔法]に長けた冒険者。


 ニーナさんだけじゃない。

 周りにはたくさんの人がいた。


 混血の進んだアーリアの民っぽくない。

 どちらかというとリアーノの方みたいな風貌の人たちが多い。


 それからどことなくカズヤさんと似た黒髪黒目の人たちもいる。


「医療チームを! 心理療法士も連れてきてください! ニーナちゃん、ヴィーシャさんを任せてもいい?」


「はい! 急場は凌ぎました。もう命の危険はありません」


「よかった。じゃあ閃光音響手榴弾フラッシュバンと、ミニガンを用意してください!」


 カズヤさんはそう言って、そっと私を立たせようとしました。


 なのに私の腕はカズヤさんから離れようとしません。


 たくさんの人に見られているのに、まるで駄々を捏ねる子どものように、私はカズヤさんにしがみついています。


「ヴィーシャさん、生きたまま捕らえてくる。約束する」


 違う。そういうことではないのです。

 私がして欲しいのは、それではないのです。


「いかないで」


 ようやく出た声はそんな懇願でした。


 理由ならいくつも思いつきます。

 どうして知らない場所にいるのかはわかりませんが、カズヤさんはあの場所に戻ることができるのでしょう。

 しかしそこに待ち受けているのはアーリアの騎士たちです。

 レベル50を超えた者たちが、何十人といるのです。

 如何にカズヤさんが不思議な力を使えたとしても、決して無事では済まないでしょう。


 でも、そういうことではなくて、本当のところは、いま私が離れたくないだけなのです。


「ヴィーシャさん、ごめんなさい。額の傷は治らないみたい……」


 ニーナちゃんの申し訳なさそうな声にハッとして、私は両手で額を隠しました。


 ここに刻まれた文字を衆目に晒してしまったと考えると、死にたいほど恥ずかしくて情けない。


 その拍子に私はカズヤさんから手を離してしまいました。


 騎士に負けないくらい体の大きな人たちがカズヤさんになにか分からない複雑な形状の金属を渡します。

 カズヤさんはそれを受け取ると、まるで手品でも使ったみたいにその場から消えてしまいました。


「そんな。相手はアーリア騎士団なのに……」


「大丈夫だよ。ヴィーシャさん。カズヤさんだけじゃないよ。皆と、それから頼れる助っ人も一緒だから。安心して。きっと全部上手く――」


「ヴィーシャ!!」


 ニーナさんの言葉を遮って耳に届いたのは一番聞きたかった両親の声だった。

 そちらを向きそうになって、私は額を両手で隠します。


 それは誰にも見られたくない私の敗北の証明。

 卑劣な男の暴力に屈したという証。


 それを知らないまま、お父さんとお母さんは私を抱きしめます。


「すまない。ヴィーシャ」


「ごめんなさい。ヴィーシャ」


 抱きしめ返したいのに、額を隠す手を退けられない。


「辛い目にあったんだろう?」


「もう大丈夫よ。ここは安全な場所だから」


 涙腺が決壊してしまいました。

 私はまるで幼子のように声をあげてわんわんと泣いてしまいます。


 額を隠したままではいられないと知りながら、今は、今だけはこの温もりに包まれていたい。

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