第638話 【ヴィーシャ】は印を付けられる
638話と639話は非常に残酷な描写があります。
過剰な暴力を見たくないという方は同時投稿されている640話まで飛ばしてください。
「アレを用意しろ」
パトリック様が使用人に告げると、一人が一礼して部屋を退出する。
アレ、というのが何のことかはわからないけれど、きっと碌なものではない。
きっと私には想像もできない悍ましいことをされるのだろう。
男女の性的なことについて、私は最近学んだばかりだ。
時に男性が女性に乱暴を働くのだということも。
大丈夫だ。
耐えられる。
ずっと苦しんできた。
魔法や魔術が無ければ息をするのも辛かった。
[病魔耐性]によって苦しみは和らいだが、その記憶まで無くなるわけではない。
あの終わらない苦しみに比べたら、なにをされたところで耐えられる。
「どうした? 座らないのか?」
「失礼いたします」
そう言って私はパトリック様と並ぶように座った。
そんな私をパトリック様はまじまじと眺めている。
しかしそこにはなんの感情も浮かんでいないように見える。
愛しさも、慈しみも、憎悪も、嫌悪も感じない。
まるでなんでもない物を見ているかのようだった。
「お待たせいたしました」
扉が開き、使用人が運んできたのは、なんと表現すればいいのだろう。
食事を運ぶワゴンのような形をしているが、人が横になれるほどに長く、大きい。
「その上で仰向けになれ」
ワゴンの上に据え付けられた鉄の枷を見て、私はこれが拘束台であることを理解した。
この上で私を拘束し、辱めるつもりなのだ。
だが拒絶はできない。
服を脱げと言われなかっただけマシだと思った。
これからどう辱められるにせよ、このワゴンの上に拘束されるのであれば性的なものではないのだろう。
「はい」
私はワゴンの上に身を横たえた。
使用人が慣れた手つきで、私の両手首に手枷を嵌める。
軽く動かしてみたが、今の私の能力値でも壊したり、引き抜くことはできそうにない。
不思議なことにワゴンに備え付けられた拘束具は手首のそれだけであった。
体も、足も、制限こそあるものの動かすことができる。
「なにか言いたいことがあるなら今のうちに聞いておいてやろう」
鉄の輪を半分に切ったようなものに布を巻き付けながら、パトリック様は言った。
「別になにも」
この男を喜ばせるようなことは言いたくない。
許しを請うたり、貶めるようなことも言いたくない。
「これだから女は成長すると駄目なのだ。あんなにも美しく純粋だったおまえはもういないのだな」
あろうことかパトリックは涙を零した。
使用人がそれをハンカチで拭う。
カッと怒りが湧いた。思わず敵意が発生しそうになる。
幼く純粋だった私に、純潔を奪う以外のありとあらゆることをしたのは誰だ!?
両親にも本当のことは言えなかった。
カズヤさんにも。
本当のことを言えば汚れてしまった娘だと思われてしまうだろうから。
思わず出そうになった侮蔑の言葉を、私は飲み込む。
それを言わせるのが目的なのだ。
それを理由に家族や仲間たちを連座するのが目的なのだ。
そうわかっていたから、私はその怒りを内に秘めた。
この怒りの熱が冷めない限り、私は正気を保っていられる。
パトリック様はそんな私をつまらなさそうに眺めて、それから布を厚く巻いた鉄の半輪を私の顔に近づけた。
「口を開けろ。舌を噛み切られては困るからな」
口の前に半分の輪が迫り、ガチリとワゴンに嵌まる音がした。
ガチャガチャと音を立てながら、半輪は私の口に近づいてくる。
「このまま歯をへし折ってやってもいいのだぞ」
そう言われて私は観念し、口を開けた。
布を巻いた半輪が押し込まれ、私の口を強引に押し広げた。
これではもう言葉を発することもできない。
私はただ自分の目で抵抗の意思が残っていることを示すことしかできない。
そんな私を冷たい目で見下ろしながら、パトリック様は使用人に手を向けた。
そこになにかが手渡される。
それはとても熱を持ったなにかだ。
そういえばこの部屋は妙に暑かった。
なぜだろうか?
私は部屋の光景について記憶を掘り返す。
そう、暖炉だ。
夏だというのに、暖炉に火が入っていた。
なぜ?
「おまえが私の所有物だとはっきりわかるようにしてやろう」
そう言ってパトリックは手にしたそれを私の額に押しつけた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッ!」
じゅっと焼ける音がして、激痛に私は体を痙攣させた。
あまりの痛みに、なんとか逃れようとするが、口枷のせいで頭はこれっぽっちも動かない。
バタバタと足が、体が自分の意思とは別に跳ねる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
悲鳴が口から上がった。
これほどの痛みなんて想像もしていなかった。
痛いということしか考えられない。
やがてベリッと皮膚を剥がしながら、それは私の額から離れた。
鉄鏝だ。
家畜に焼き印をつけるために使われるようなものだ。
それで私に焼き印を付けたのだ。
痛みは少しだけ引いたが、まだじくじくと額には痛みが残っている。
私は[回復魔法]を発動させる。
[回復魔法]は即時性があり、傷を癒やすことができる。
火傷もすぐに[回復魔法]をかけさえすれば痕は残らない。
きっと焼き印も消えるはずだ。
「[回復魔法]か。愚かなことだ。苦しみが長引くだけだとなぜわからない」
パトリック様は使用人に鉄鏝を渡し、そして受け取った。
真っ赤に焼けた新しい鉄鏝だ。
「心が折れるか、魔力が尽きるか。どちらが先でも僕は構わん」
熱が近づいてくる。
痛みの予感に私は身を竦ませた。




