第632話 【ヘルミヤ】は決意する
ヤクスンは自分の足で領主の館にやってきた。
ヤクスンの治療のため同行する[回復魔法]使いレニーの護衛も必要だったため、騎士が二名も一緒だ。
ひとまずレニーには当直室に戻ってもらい、騎士たちには聖女ギルドへ行って応援を要請することにする。
時間が時間なのでおそらくまともに集まりはしないが、緊急事態だ。
こういうときのための聖女ギルドなのだし、存分に働いてもらおう。
それらの手配を終わらせて、ようやくヤクスンと二人で話をできる環境が整った。
ここは屋敷の中でもこの時間帯に人が来ない付近だ。
話の内容を聞かれるようなことはないだろう。
「まずはヤクスン、おまえだけでも無事で良かった」
「団長! すぐに任務に復帰させてください。俺はやる気ですぜ」
「駄目だ」
ヤクスンが私に向けて敵意すら滲ませる。
命令が無くとも行くと言わんばかりだ。
「すぐにはな。追加で発光信号を送っている。騎士でも二人組では危ない。光を見た者から順次本部に帰還するはずだ。そこで編成を組み直す。騎士四人と攻撃魔法使い、回復魔法使いのフルパーティだ。これなら遅れは取らないな?」
「それじゃ捜索に時間がかかりすぎやしませんか?」
「状況からして北区に潜伏場所があるのは間違いない。あとはじわじわと詰めていく。ところでヤクスン、レコフの遺体を見たが、あれはどういうことだ?」
「あれ、とは?」
ヤクスンは思いつくことがなかったのか返答に詰まった。
私は構わずに続ける。
「レコフの遺体は鎧を着ていたが、鎧自体に損傷は無かった。直接体を切り刻まれている。偽装工作にもなっていないぞ。レコフは鎧を脱いでいた。遺体に鎧を着せただけだ。そうだな?」
「ええ、まあ。エリスはもう抵抗もできないくらい弱ってたんで、ちょっと楽しむために鎧を脱ぐくらいよくあることでしょ?」
「女の私に同意を求めるな。私はそれについてはなにも見聞きしていない。おまえたちが市街でしていることを私は知らないのだ」
アーリア騎士団の騎士たちが反逆者を相手に暴力、陵辱、時には殺害まで行っているのは知っている。
陵辱はともかく、反逆者が相手であれば処罰を与えるのは騎士の職務の範疇であるから、ある程度は見逃してきた。
だがそれを公的に認めろと言われたなら、認めるわけにはいかない。
これは騎士団長としての私の誇りだ。
すっかり薄汚れてしまってはいるが、失ったわけではない。
「レコフの死は殉死という扱いにする。鎧にはそれっぽく傷をつける」
この作業は私がやらなければならないだろう。
ヤクスンを回収してきた面々には知られてしまっているが、誤魔化すのはそう難しくはないだろうし、むしろ彼らは協力してくれるはずだ。
「それでなにがあったのかをおまえの口から聞かせてくれ」
それからしばらくヤクスンの説明を聞いた私は、頭痛がするのを隠しつつ、頷いた。
「つまりカズヤの仲間から情報を引き出すために強引な手段を取ろうとしたところに、何者かから介入があって、激しい音と光に目と耳をやられ、そこから先のことはわからない。ということだな」
ヤクスンから受けた説明をできるだけ柔らかく言い換えて表現する。
結局のところ、こいつらは相手の女が無抵抗になったと見るや、鎧を脱ぎ捨て、躍り掛かったところで逆襲されたわけだが、この筋書きをそのまま報告することもできない。
相手が有能だった、という形での報告になるだろう。
「若い女の声でした。ただなにを言ってるのかはさっぱりわからなかった」
「どんな感じだったか再現できるか?」
ヤクスンは首を横に振る。
知らない言葉を初めて聞いて、それを同じように発音してみろというのは無理な話だ。しかもヤクスンはその直後に音と光の暴虐を食らっているのだ。
「だがわかったこともあるな。北区で使われた音と光の道具、ほぼ同時にアーリアを照らした偽の太陽。つまりカズヤの道具は、カズヤ本人がその場にいなくとも扱えるということだ」
「じゃあ誰が使ってくるかわからないってことでは」
「問題はそこじゃない。馬鹿者。カズヤを捕縛すれば、今度は我々がそれを使えるようになるのだ」
「――!」
ヤクスンが息を呑んだ。
光と音を出す道具も、夜を照らす偽の太陽も、そして町中にビラを撒いた謎の手段も、すべてカズヤでなくとも誰にでも使えるというのなら、それは今後アーリアを防衛する上で、この上ない強力な武器になる。
アーリアが独立を宣言するとルリュール王国とリアーノから攻め込まれる恐れがある。
現状の戦力でも負けるつもりはないが、これらの道具が加わればアーリア側の犠牲を大きく減らすことができるだろう。
そう、考え方を変えれば、我々は今もっとも必要としているものを手に入れる目前であるとも言える。
カズヤさえ捕らえて、道具の入手法や生産方法を割らせることができれば、アーリアは確固たる独立を得ることができるのだ。




