第629話 【ヘルミヤ】は報告を聞く
アーリアのエインフィル邸は深夜だというのに慌ただしかった。
夜を照らす偽の太陽はゆっくりと落下しながら消えていったが、その前に次の太陽が生まれた。
使用人たちは恐慌状態で、若い女中などは廊下で抱き合い震えている。
まるでこの世の終わりのような光景だが、通常なら事前に行われる運営告知は無かった。
そのことが人々を恐怖に陥れている。
大きな異変が起こる前には告知がある、というのが当たり前だからだ。
人災ゆえ、だろうな。
私は揺れそうになる心を静めるために瞑想する。
人やプレイヤーが起こす騒動について運営告知が行われることはない。
つまりこの偽の太陽は誰かが意図的に発生させているのだ。
しかしその瞑想も長くは続かなかった。
小さく、しかし何度も扉が叩かれる。
私はドアの前に行って小さな声で応答する。
「なんだ?」
「ヘルミヤ様、騎士たちが面会を求めております。その、つまり、騎士に犠牲者が出たとのことで」
それはエインフィル家の家令の声だった。
「なんだと!」
想定していなかった事態に思わず声が大きくなる。
「怪我や戦闘不能ではないのだな?」
「レコフ様が死んだ、と」
「別室を用意してくれ。話を聞く」
ここは領主様の私室の隣にある護衛の控え室である。
会話が領主様のところに漏れるような作りではないが、その心を乱すのは本意ではない。まず離れた場所で話を聞いて、確認を取ってから報告を行うべきだろう。
しばらくして家令に案内された別室では兜を脱いだ部下が二人、鎧姿のまま椅子に座っていた。
入ってきた私に目線を向け、片手で敬礼の真似事をする。
「レコフが殺されたそうだな。一緒にいたヤクスンはどうした?」
騎士団の問題児であるレコフは今回、同じく問題児のヤクスンと二人組を組んでいた。
とは言ってもこの騎士団に問題を抱えていない団員など一人もいないのだが。
この二人だって私が入室してきたのに、立ち上がることすらしない。
これがアーリア騎士団だ。
二人の前には湯気を放つカップがそれぞれ置かれている。
湯気ということはお茶か。
この緊急時にわざわざお茶を淹れさせるとは。
「目と耳をやられていて、話をできる状況じゃないですね。とりあえず外傷は見当たらないのでそのままにしてます。[回復魔法]使いを連れて行けばすぐに復帰できるんじゃないですかね」
「当直を連れて行け。回復しようがすまいがここに連れてくるんだ。直接話を聞く」
騎士団には聖女ギルドから[回復魔法]使いが常時派遣されている。
今夜の当直はレニーだったか。
運の無い子だ。
「レコフの遺体はどうしましょう」
「そのままにはできん。ヤクスンと一緒に運ぶんだ。レコフが殺された状況は?」
相手が妙な道具を使うという報告や、冒険者ギルドでカズヤの仲間を取り逃がしたという報告は受けていたが、騎士が殺されるほどだとは思っていなかった。
レベル40少しであれば、騎士にダメージを与えることはできるにしても、殺害までは難しいはずだからだ。
「詳しいことはなにも。でっけぇ爆発音みたいなのが聞こえたんで、急いで見に行ってみたら、のたうち回るヤクスンと、もう動かなくなったレコフがいたわけです」
「例の音か光か」
「おそらくは。身動きできなくなったところをメッタ打ちにされたみたいで」
それでも完全に装備を整えた騎士を殺害するのは相当に難しいはずだが、いったい何があったんだ。
「わかった。町を照らした光についてはなにか知っていないか?」
「いえ、むしろこちらが聞きたいくらいです。ありゃ一体なんなんです?」
「わからん」
癪だが、適当な嘘も思いつかない。
[光魔法]や[光明魔法]ではない。かと言って魔術でもない。
となるとカズヤが使うという妙な道具のひとつなのだろう。
「カズヤの関与は間違いないだろう。待て、貴様が聞いた音と、町を照らした光、どちらが先だ?」
「音が先ですね。それがなにか?」
「空の光を合図に動き出したのかと思ったが、違うのか……」
状況はあまりにも不可解で不気味だ。
こちらがカズヤとヴィクトルを追い立てているはずが、まるで立場が逆転したかのようだ。
「発光信号で騎士が殺されたことと、注意を呼びかけろ。信号を送っていない監視塔に誰かをやって復唱させることも忘れるな」
すべて監視塔から発光信号を使えば、アーリア全体に連絡を届けることができる。
「ええと、騎士が死んだ。注意しろ。これを他の監視塔からも伝えろ。ってところですか?」
「それでいい」
発光信号は見れば読めるというものでもなく、ある程度それについて学んでいるものでなければ読み解けない。
なにせ光が付いたり消えたりしているだけだからな。
そう思って、こいつらにちゃんと信号が送れるのか不安になってきた。
かと言って他に適当な人員もいない。
「すぐに動け。仲間が危険にさらされているのだぞ」
「へぇへぇ、水分補給が終わったら行きますよ」
[湧水]の魔術が使えるだろうに、お茶をゆっくりと味わっている。
おそらくは自分が次の標的になることを恐れているのだろう。
騎士とは領のために命を捧げた者ではなかったのか。
騎士の誓いの口上など、こいつらにとってはただ書かれているものを読み上げたに過ぎないのだとはわかっていても怒りを感じる。
仲間が死んだのだぞ。
普通の騎士団であれば怒り、犯人を追い詰めようと気炎を吐くところであろう。
しかしこいつらも、そして私も、それほど同情していないのが本当のところだ。
レコフは死んで当然のクズだった。
誰もがそれを知っている。




