第625話 【セドリック】は光に向かう
太陽と呼ぶには近すぎた。月と呼ぶには眩しすぎた。
セドリックは光を呆然と見上げることしかできない。
それはアーリア全体を照らすほどの光だ。
「[光魔法]か!?」
セドリックの代わりにデズモンドが叫ぶが[光魔法]にしては明るすぎる。
[光魔法]には灯りを生み出す魔法スキルが存在するが、こんなに規模が大きいものでは無い。
せいぜいダンジョンの中で周囲を照らす程度だ。
術者の近くにこんなに強い光を生み出しては、この魔法を使った者は眩しくてなにも見えないだろう。
[光魔法]の派生スキル[光明魔法]にもこの規模の魔法はなかったはずだ。
一般的に知られていない魔法にこういう空を輝かせるスキルがあるのかもしれないが、状況から推察するに魔法というよりはカズヤの仕業である可能性が高い。
「東側か。デズモンド、向かうぞ。術者が光からそれほど離れているとは思えん。あっちにカズヤがいる」
「わかった!」
二人は監視塔を駆け下りる。
急がなければならないとき、黒鉄の全身甲冑は邪魔でしかない。
元より、騎士として特別に鍛えられた馬に跨がって使用するための鎧だ。
これを着たまま、自分の足で走ったり、そのまま戦ったりするためのものではない。
高いレベルと[身体強化]魔術の双方があってようやく走るということができている。
「もう兜は捨てて行かね?」
監視塔を降りて、街路を東に向けて走っている最中にデズモンドがそうぼやいた。
「わかる。けどまだ駄目だ。兜を着けていれば、顔を見られる心配がない」
これから仲間の騎士を各個撃破するつもりなのだ。
顔が割れないにこしたことはない。
「ああ、くそ、この鎧、走るのは前提じゃないぞ」
そもそも走るのが前提の全身甲冑なんてないんだよ。
と、セドリックは言いかけたが、思い留まった。
セドリック自身も、こんなの走れるもんじゃないと思っていたからだ。
夜空に上がった太陽はゆっくりと降りてきている。
場所はアーリアの東側、職人街のある辺りに向かっている。
最悪の想定だが、このタイミングで鍛冶屋が思いつきの道具を試してみただけ、という可能性もある。
だがそれは可能性の話だし、可能性を論じるのであれば、もっとも可能性が高いのがカズヤによるなんらかの道具を使ったということだ。
「光と音のやつ、信じてみてもいいんじゃないか?」
セドリックは言う。
こんな強い光を生み出せる何かがあるのであれば、騎士たちを一瞬で行動不能にした強い光を生み出す道具にも信憑性が出る。
「いまはそれどころじゃねーよ」
光は二人の姿に影を落とすほどに眩しい。
「だとしたら尚のこと危険じゃないのか?」
「危険は危険だろうな。だが東側は人手が少なかった。先回りできる可能性がある。そのメリットは無視できない」
セドリックはどうしても他の騎士より先にカズヤに接触しなければならない。
カズヤには役に立ってもらわなければならない。
父と兄を討つにはどうしてもカズヤの協力が必要だ。
「だが団長とかが騎乗で現場に向かえば俺たちより早く着くだろ」
「それをすると領主の館に護衛がいなくなってしまう。それはしないはずだ」
「了解だ。相棒。今は信じるぜ」
ひとまず騎士の作る二人一組の従だからということもあるのだろう。
デズモンドは素直に従ってくれる。
「いつでも戦闘に入る気構えはしておいてくれ」
そう言っている間にも光はどんどんと高度を下げている。
光の眩しさはかなり減じていた。
と、思った瞬間に次の太陽が上がる。
「見たか?」
デズモンドが言ってくる。
セドリックにはデズモンドがなにを言っているのかわからなかった。
いま生まれた二つ目の太陽のことであれば見逃すはずもないからだ。
「二つ目の光なら見えている」
「そうじゃねーよ。光が生まれる直前、何かが飛んで来た。多分、塀の向こう側からだ」
「町の外から?」
それは意外な情報だった。
これだけの光を生み出す技を、そんな遠くから使えるのか。
やはりスキルや魔術ではなく、道具なのだ。
投石器のようなものを使っているのだろうか?
しかしそれらしいものは見えないし、そもそもアーリア周辺まで投石器を運んでくるのは地形の関係でかなり難しい。
「防壁を越えて外に出るか?」
デズモンドの質問にセドリックは一瞬だけ迷った。
「……越えるしかない」
アーリア騎士団は市内を捜索している。
外に出れば孤立無援だ。
だがセドリックたちにとってアーリア騎士団は障害にもなる。
離れてカズヤと交渉できるのであればそれが一番だ。
いい加減、甲冑の重さが嫌になったのだろう。
走りながらデズモンドは器用に甲冑を脱ぎ捨てた。
走る速度を上げるためであり、塀を跳び越えたときのダメージを軽減させるのが狙いであろう。
セドリックも鎧は捨てていったほうがいいと思っている。
だけど全身甲冑ってお高いんだよな。捨てていくと後で騎士団長に怒られるから、躊躇してしまう。
そう思ってからセドリックは苦笑した。
その騎士団長様には消えてもらう予定だ。
セドリックはデズモンドの動きを真似して鎧を脱ぎ捨てる。
アーリアの防壁には内側に階段がいくつもある。
そのひとつを駆け上り、二人はアーリアの外に目を凝らした。
上がった太陽のような光はすでにかなり高度を落とし、彼らの背後からアーリアを照らしている。
その光はアーリアの外にも広く届いていて……そして、セドリックは人影らしき物を見た、気がした。
「たぶん、あれだ。向かうぞ」
「“あれ”じゃわかんねぇよ!」
文句を言いながらもデズモンドはセドリックを追って防壁から飛び降りる。
彼我の距離は500から600メートルほどだろうか。
鎧を脱ぎ捨てたセドリックたちが本気を出して走ればすぐそこだ。
にも関わらず、
「消えた」
人影は唐突に消えた。
身を隠すような場所のない草原である。
いきなり人が消えるとしたら、あらかじめ穴を掘ってあったか、[潜伏]スキルを使ったか。
セドリックたちは人影が見えた場所の辺りに到着したが、周囲には人っ子一人見当たらない。
「くそ、逃がしたか」
さすがに騎士たちから逃げおおせているだけのことはある。
そういう嗅覚に優れているということなのだろう。
セドリックたちは身を潜めて接近したわけではないから、容易に逃げられたに違いない。
「おい、カズヤ! 聞こえているか? 俺たちは味方だ! 力を貸したい!」
周囲に他の騎士がいないことを確認して、セドリックは声をあげる。
だがいくら待っても返事が来ることはなかった。
夜は深まっていく。
次回から更新時間を18時50分に変更いたします。




