第623話 【セドリック】は決意する
アーリア騎士団は基本的に二人一組で行動する。
その役割は主と従に分かれ、これは身分の上下ではないが、行動の決定権は主に委ねられる。従は作戦行動中は主の決定に異を唱えることはできない。
もちろん作戦によって組み合わせは逆転することもあるので、主になったからと言って好き勝手できるわけではないが、少なくとも一度決まった作戦行動中はこの命令権は絶対だ。
騎士団の訓練場を出たところでセドリックは足を止めた。
「おい、セドリック、どうした?」
今回はセドリックの従となった騎士デズモンドが後ろからセドリックを小突いた。
「ちょっと考えさせてくれ」
考え無しに動く場面ではない。
「そんなこと言ってる場合か。みんな先に行っちまった。おこぼれ狙いでいいのかよ」
セドリックは答えない。
いま彼の前には分かれ道があった。
一番真っ当な道はこのまま騒乱の首謀者であるカズヤという異邦の商人を捕縛することだ。功績を挙げれば、騎士団の中での昇進や発言力の強化が見込める。
だが彼の目には別の道も見えている。
そのうちひとつはこのままアーリアを脱し、王都を目指すというものだ。
父、つまりエインフィル伯爵の叛意をいち早く王都に知らせる。
騎乗し、冒険者を追い抜いて真っ先に報せを届けることができれば、それなりの恩賞を受けられるだろう。あるいは父を廃した後にエインフィル領を任せられるかもしれない。
道はまだある。
カズヤがより大きな騒乱を引き起こすことを期待し、その混乱に乗じて兄パトリックを討つ、というものだ。
パトリックが領主に相応しくない人物であることは明白で、兄が領主を継げばアーリアは碌なことにならない。
もし独立に成功し、エインフィル王国となればルリュール王国の監視も無くなり、兄はやりたい放題になる。
町中の幼い娘が領主のお手つきになるような法を作りかねない。
まだ幼い娘のいるセドリックは、兄が娘を見る目に情欲が混じっていると看破していた。
あるいは直接父を討つ、という道もある。
その場合、そのまま独立しても良いし、反逆者を誅した忠臣としてルリュール王国からの信頼を得てもいい。
ただ父にはヘルミヤ騎士団長が護衛として付いている。
いつでも側にいるわけではないが、団長を出し抜かなければエインフィル伯爵を討つことはできない。
だが父を討つことができれば、兄の排除は容易にできる。
セドリックの兄弟は他にもいるが、アーリアに在住しているのは兄パトリックと、セドリック、あとはまだ幼い弟と妹たちだけだ。野心を持ち、脅威になりそうな年齢の兄弟たちは王都への留学、あるいはレベリングのためにアーリアを離れている。
邪魔になることはない。
ヘルミヤ団長の協力が得られるのであれば、父と兄をまとめて討ちたいが、彼女は堅物で主を裏切るとは思えない。
「セドリック、おまえ……」
デズモンドは勘付きつつある。
迷っていられる時間はそう長くはない。
デズモンドはアーリア騎士団における見本のような男だ。
仕事中に酒を飲み、賭け事に興じ、路頭に迷った女を浚って陵辱し、男であれば拷問の末にダンジョンに捨てるような男だ。
セドリックがアーリアの領主になればその罪を告発し、処刑すべき対象である。
彼自身も清廉潔白であるとは言えない。
アーリア騎士団に在籍する以上、周りの空気に合わせなければ孤立する。
仕事中に酒を飲むことも、賭け事に興じることもある。女を浚うのを手伝ったこともあるし、死体を捨てに行ったことだってある。
だが誓って陵辱に参加したことはないし、拷問を楽しんだこともない。
そうだ。アーリア騎士団は解体の必要がある。
少なくとも今の組織を維持したまま、健全な騎士団へと変革することはできないだろう。
しかしもしもエインフィル領が独立するのであれば、騎士団は防衛力として必要な存在になる。彼らの横暴を止められる者はいなくなる。
ルリュール王国の援助が必要だ。
少なくとも新たなアーリア騎士団を育て上げるまでの間、エインフィル領の防衛に手を貸してもらわなければならない。
しかし王都に走るのは賭けである。
冒険者に先んじられるとは限らないし、その間にエインフィル領が防衛を固めてしまい、手が出せなくなる恐れがある。
確実なのはやはり父を討つことであろう。
そのためにはカズヤを上手く利用してこの混乱をより大きくし、エインフィル伯爵からヘルミヤ団長を引き離す必要がある。
つまり騎士たちをどうにかして、カズヤをそれとなく支援しなければならない。
だがそれにはデズモンドの協力が必要だ。
「デズモンド、騎士団長の座に興味は無いか?」
セドリックは注意深く周囲にもう誰も騎士がいないことを確認して言った。
「へへっ、セドリック、おまえ、やる気だな」
デズモンドは欲望を抑えきれないといった笑いを浮かべた。
「エインフィル伯爵とパトリックを排除して、領主の座を簒奪する。見返りは騎士団長の座だ。協力しろ」
もはや騎士としての主従は関係ない。
もしデズモンドがエインフィル伯爵への忠義を優先すればセドリックは終わりだ。
「ヘルミヤ団長を好きにしていいんだよな?」
「構わない」
ヘルミヤ団長はエインフィル伯爵を裏切らないだろう。
「だが、おまえがヘルミヤ団長に興味があったとは驚いた」
「高慢ちきの騎士団長様がどんな悲鳴を上げるか、考えるだけでいきり立つぜ。やろうぜ。セドリック」
「あ、ああ……」
そんな方向性でやる気を見せられても困るのだが、デズモンドはセドリックに協力する気があるらしい。
最終的に始末する予定とはいえ、セドリックに味方ができたことは確かだ。
次はカズヤを見つけ、上手く誘導しなければならない。
道は定まった。
困難な道ではあるが、その先には栄光がある。
王都の男爵家から嫁いでくれた妻のためにも、可愛らしい盛りの娘のためにも、生まれたばかりの息子のためにも、エインフィル領を手に入れるのだ。




