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GAMELIZATION ~ゲーマライゼーション~ NPCの生存戦略  作者: 二上たいら
第10章 抵抗は燃え上がる

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第622話 【アーリア】の眠らない夜

 夜半を過ぎたアーリアはいつものような静寂に包まれてはいなかった。

[灯火]の魔術による明かりが市内のあちこちを、まるで蠢く地虫のように移動している。

 町中の衛兵たちが駆り出されて巡回を行っているのだ。


 彼らは地面に撒き散らされた紙片を忌々しげに踏みつけながら、周囲に注意を払っている。

 この意味のわからない記号で書かれた文書は町中にばら撒かれた。

 それにも関わらず犯人についての情報がなにひとつ見つかっていない。

 アーリアの治安を害する行為であり、当然衛兵たちは腹を立てていた。

 それなのに彼らに命じられているのは犯人の捜索ではなく、市民が外を出歩いていないか見張ることと、カズヤという商人の捕縛である。

 彼らは何かが起きていることはなんとなく気がついているものの、情報を与えられていない。

 そのことがまた彼らを苛立たせ、靴の音を大きくさせるのだ。


 衛兵たちが苛立ち混じりに厳しく巡回を行う一方で、アーリア騎士団の騎士たちは騎士団本部に招集されていた。

 アーリアから脱出した冒険者を追って東に向かっていた騎士も、リアーノに脱出を図る者がいないかグノイ川を見張っていた騎士も、アーリア市内を警戒していた騎士も、すべての騎士が騎士団本部に集められている。


 篝火かがりびが照らす訓練場に集まった騎士たちの前にヘルミヤ騎士団長が現れた。

 表情はいつも以上に厳しく、眉の間にはしわが寄っている。

 怒りを隠し切れていないか、隠そうともしていない。


「我々は侮られている!」


 手にした槍の石突きでヘルミヤ騎士団長は地面を突いた。

 スキルを使ったわけでもないのに堅く踏みしめられた地面がくぼみ、訓練場が揺れる。


「何故なら諸君が無能だからだ!」


 騎士たちの間から不満の声が漏れる。

 改めて見れば、彼らの整列は一糸どころか、はっきりと乱れている。

 まるで烏合の衆だ。

 真っ直ぐ立つこともできず、ふらふらと揺れている者さえいる。


 そんな騎士たちをヘルミヤは睨み付けた。


「一部の冒険者にまんまとアーリアを脱出され、商人ひとりを捕えることもできず、町中には謎の紙片が撒かれた。冒険者風情に遅れを取った者までいるそうだな! それも数で劣った相手にだ!」


 騎士たちから失笑が漏れた。

 一方で顔を真っ赤にして羞恥に耐える者たちがいる。


「職務を全うし、死力を尽くし、命を落としたのであれば、例え子どもに負けたのであってもその名誉を損なうようなことは言わぬ! だが酒に酔ったまま職務に向かい、侮り地に伏し、生きて恥辱に塗れたというのなら、以後の働きでその汚名をそそげ!」


 厳しい激励の言葉であったが、騎士たちに響いた様子は無い。

 中にはヘルミヤの目を盗み、腰に提げた水筒から酒精の香る液体を呷る者さえいる。


 これがアーリア騎士団の実情だ。


 アーリアに騎士より強い者はいない。

 何故ならそれだけの強さを持つのであれば、アーリアに留まる意味が無いからだ。

 故に騎士たちには慢心という病が蔓延っていた。


 不覚を取った者たちが存在しているにもかかわらず、彼らを馬鹿にし、自分たちがそうなるかもしれないという想像力に欠けているのだ。


「敵は強い光と音を起こす道具を使うらしい。直視すればしばらくなにも見えず、なにも聞こえなくなる。立っていることもできず、芋虫の如く這いつくばるしかなくなるそうだ。そんな道具が本当にあるとすれば、だが」


 再び失笑。

 彼らはその道具とやらが、冒険者風情に負けた騎士たちの言い訳だと思っている。

 それはヘルミヤもそうだ。

 そんな道具が冒険者たちの間で使われているなら、騎士たちが知らないはずがないからだ。


「領主様はこの騒乱の元凶である異邦の商人、カズヤの捕縛をお望みだ。いいか! 草の根を分けてでも探し出せ! 部屋の隅、壁の中、石の下まで見逃すな!」


「団長、カズヤってヤツは見つけ次第殺せって話じゃなかったですか?」


 騎士の一人が疑問を投げかけた。

 彼が聞いた命令では確かそういうことになっていた。


「状況が変わった! 必ず生かして捕らえよ! そして知っていることを洗いざらい吐かせる。どんな手を使ってでもな!」


 騎士たちは唇を歪めてわらった。

 黒い喜びに満ちた仄暗い笑みだ。

 どんな手を使ってでも、というのは、つまり拷問を行うということである。


 アーリアにおいて拷問や処刑は一種の娯楽だ。

 これはアーリア市民が特別に悪辣というわけではない。

 この世界において、冒険者のように命のやりとりを日常的にするわけではない一般の市民にとっては、自分ではない誰かが破滅する刺激は、換えようのない快楽なのだ。

 それは怠惰な騎士たちにとってもそうだ。

 酒や賭け事よりもよほど刺激を得られる娯楽が人が苦しむ様なのだ。


「死んでさえなければいいんですよね」


 騎士からの質問にヘルミヤはため息を吐いた。

 それはこんな当たり前のことも考えられない部下への失望だ。


「喉は潰すな。回復魔法と言っても完璧ではないからな。それ以外は好きにしろ」


 カズヤを生かして捕らえる。それ以外の行為に対する許可が出たことに騎士たちは喜色を浮かべた。


「確か女が一緒にいるんだよな。お楽しみは早い者勝ちだ」


「絞め殺すなよ。死んだら緩くなる」


「ダルマにしようぜ。[中回復]なら使えるから死なねーよ」


 部下たちが不穏な会話を繰り広げるのをヘルミヤは努めて無視した。

 真っ当な市民が相手ならともかく、領主様に反抗する者への略奪や暴行を止められるほどの信頼を得ているわけでもないし、また止める理由もない。


「行け! 己が無能ではないと証明しろ!」


 騎士たちが我先にと市街に向かうのを見送ってヘルミヤは空を見上げた。


 アーリアの独立、それ自体は喜ばしい。

 この地はルリュール王国とは文化が違う。

 今やリアーノとも違う、独自の文化が発達した町だ。

 その上、鏡の生産という産業を手に入れれば、その発展は止まるところを知らないだろう。

 鏡の製法が外に知られない限り、他国はアーリアを攻めるのも難しくなる。


 戦火によって鏡の製法が失われることを恐れるだろうからだ。


 しかし本当にこれでよいのだろうか。


 見上げた空は闇に包まれ、月も星も見えない。

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