第621話 【エインフィル伯爵】は情報を集める
「これは文章で間違いないですな」
紙片に顔を近付けて謎の記号を追いかけていた歴史学者テリックは頷いて言った。
「記号の種類は多岐にわたりますが、文末に同じ記号が使われているパターンが多い。接尾語などの類いだと思われます」
瞳をキラキラさせて解説を続けようとするテリックだが、儂は手の平を向けて制止した。
なぜ文章だとわかったかという理屈には興味がない。
「理屈はいい。これが文章なら翻訳はできるのか?」
おそらくカズヤが市内にいる誰かに向けたメッセージだ。
これを解読できればカズヤか、ヴィクトルを捕まえられる確率は上がる。
しかしテリックは首を横に振った。
「この紙だけではどうにもなりませんな。サンプルが少なすぎる」
「単純な暗号という線はないのか?」
例えば文字をひとつずつ別の記号に置き換えているというような単純な暗号なら、変換の表さえあれば簡単に解読は可能なはずだ。
この手の暗号はヒントが無くとも時間をかければ解読できる。
「それはありません。文字の区切りや文字数からすると大陸中央語でも高地語でもないですな」
「わかった。それは持って行っていい。翻訳を試みろ」
「いただけるのですか!」
「そうだ。努めよ」
「はい! それはもう!」
この紙片が町中にばら撒かれていることを知らないテリックは喜色満面で去って行った。
それにしても羊皮紙と比べ薄い紙だった。
紙自体にも価値を感じる。
町中にばら撒かれていることから量産が容易なはずだ。
しかしカズヤはどこからそれだけの紙を持ってきたのだ?
鏡にしてもそうだ。
旅商人だとは聞いているが、詳しいことは興味がなかったので聞いていない。
レザスならなにか知っているはずだ。
「レザス商会のレザスに使いを出せ。今すぐにここに連れて来い」
当然のことながらレザスとは話が付いている。
ルリュール王国から独立して真っ先に問題になるのが食料の備蓄量だ。
アーリアの食料生産量が住民の需要を上回っていることはわかっているが、余剰を輸出している関係で、市内の備蓄量がどれほどなのかを儂は把握していない。
もちろん戦時に向けた備蓄は常にあるが、それ以外のアーリア市内に蓄えられた食料の総量がわかるのは食品を扱う商会であるレザス商会ということになる。
故に早い段階からレザスにはアーリア独立の可能性について伝え、協力を得ている。
レザスが持ち込まれた鏡を、ヴィクトルを通さずに儂に持ってきたのもその絡みだと言えるだろう。
ヴィクトルは扱い難い男だ。
故に計画からは遠ざけていた。
パトリックは幼いヴィクトルの娘を気に入り、婚約をせがんできたが、それも儂の計算通りだ。
娘を差し出させておけばヴィクトルがエインフィル領から離れるのが難しくなる。
夜も遅い時間だが、殊勝なことにレザスはすぐやってきた。
「エインフィル伯爵閣下におかれましては――」
「御託はいい。町中に撒かれた紙についてはなにか知っているか?」
「ここに来るまでにもそこら中に落ちていましたね。内容はわかりませんでしたが」
「そうか。おまえを呼んだのは他でもない、その紙片にカズヤが関わっていると思われるからだ。カズヤについて知っていることを全て話せ」
「長くなりますが?」
「全てだ」
レザスは話し出す。
カズヤとどのようにして会ったのかから、これまでにあったことのすべてを。
「つまりカズヤは七日に一度、鏡や他の商品を持ってやってくるということだな。七日でどこにいける?」
「クラッコか、テンネンくらいでしょう。しかしこれらの町でそんな画期的な商品が作られているとは聞いたことがありません。変に聞き出そうとすれば、アーリアに現れなくなる恐れもあると思い、深入りは避けてきました」
「そうだな。それは仕方あるまい」
鏡の製法が明らかになるとは思っていなかったのだ。
カズヤが持ち込む鏡がすべてで、カズヤが来なくなったらそこで終わり、というのであれば、下手な詮索は避けるに決まっている。
「プレイヤー、ではないよな」
「一度は疑いましたが、やはり違うようです」
プレイヤーは我々の問題を解決するために活動することが多いが、新たな技術を教えてくれたりはしない。町と町の間で商品を運んで利益を得ることはあっても、どこか知らない場所から突然商品を持ってきたりはしないのだ。
「まあ、それは捕まえてから聞き出せば良い。カズヤがどこにいるか心当たりはないか?」
「いいえ、カズヤが借りている部屋は捜索済みなのでしょう? あとはパートナーの女が借りている部屋くらいしか知りません」
「部屋はもぬけの空だった。女は宿をすでに引き払っている」
「つまり向こうも向こうで準備が整っていたというわけですか」
「それにしては杜撰だ。元パーティメンバーはのこのことアーリアのダンジョンに行っていた」
「そのパーティメンバーから話を聞けばいいのでは?」
「そちらも姿を消した。そこで捕まえておけばいいものを、馬鹿息子の“お友だち”が変な気を遣ったお陰で、面倒臭いことになっている」
パトリックの婚約者はレベルをあげていなかった。
パワーレベリングを受けにアーリアのダンジョンに行っていたのだとしても、カズヤのパーティメンバーと騎士たちが全力で戦えば、巻き込まれて簡単に死ぬ恐れがあった。
パトリックの優しい“お友だち”は、その娘の確保を優先したのだ。
「とにかくお前もカズヤを捕まえるのに協力しろ。カズヤの信頼を得ていたのだろう? ヤツがアーリア市内に入り込んでいるのならお前を頼ってくる可能性は十分にある」
「わかりましたが、武力では太刀打ちできやしませんよ。騎士を何人か貸してください」
「そんな余裕はない。そのよく回る舌で上手くやるのだ」
「承知いたしました。誠心誠意努めさせていただきましょう」




