第618話 【エインフィル伯爵】は怒りを抑える
「まだ見つからないのか!?」
儂は拳をテーブルに叩きつける。
もちろん本気ではない。儂が本気で叩けばいくら頑丈なテーブルでも割れる。
小賢しい話だが、儂の話を聞いている騎士団長ヘルミヤもそのことはわかっている。
儂が自制を失うほどに怒り狂っているわけではないということが。
「申し訳ございません。アーリア市内のすべてをくまなく捜索するには騎士の数が足りず、衛兵も総動員させていますが、成果は芳しくなく、未だ異邦の商人も、ヴィクトル商会長も発見に至ってはおりません」
「この穀潰しどもが!」
これは罵倒ではない。
正しい評価を口にすることが罵倒であってたまるものか。
アーリア騎士団は穀潰しの集まりだ。
レベルこそ50以上の者を集めているが、その多くはアーリアの騎士家が子弟をパワーレベリングで50まであげただけで、レベルに見合う実力があるわけでもない。
いくら貴族の子弟をパワーレベリングで安全圏までレベルを上げるにしても、普通であればレベル19までにするものだ。
幼い子をパワーレベリングで20まで上げた場合、選択スキルで有効なスキルが選択肢に出ることが少なく、また子どもではちゃんとした選択ができないからだ。
だがアーリア騎士団の面々のほとんどは家の財政を使い切る勢いでパワーレベリングを行い、その後は安全圏でレベル50まで到達したという者がほとんどだ。
これでは加入条件をレベル50に設定した意味があまりない。
ただただ騎士家の財産が冒険者に流れただけだ。
それもアーリアのダンジョンでパワーレベリングをすればいいものを、何故か意味の無い見栄を張って、トレーンサルトの迷宮まで行ってパワーレベリングを受けたというから、意味がわからない。
無駄にアーリアにある資産を外に流出させているだけだ。
「リアーノに逃げられるのが一番拙い。そっちは押さえてあるんだろうな」
「桟橋はすべて押さえています。少なくともアーリア側から出発する船はありません」
「アーリアの市壁は突破されたと思うか?」
「異邦の商人カズヤとそのパートナーについてはそうでしょう。この二人はレベルがそこそこです。しかしヴィクトルは壁は越えていないと愚考します」
「何故だ?」
ヘルミヤだけはアーリア騎士団の中で異彩を放っている。
騎士家の子とは言え、女性が騎士団に入団すること自体が珍しいし、団長にまで上り詰めるなど聞いたことがない。
しかもレベル19まではパワーレベリングを受けているが、そこからは冒険者に混じって真っ当にレベル60まであげたという。
アーリアに戻ってきて騎士団に入団したいと希望していることを知ったときは、女だてらにできるものならと許可を出したが、そのまま順調に騎士団長にまで上り詰めてしまった。
気に入らない女だ。
市井の女ならともかく、末端の準貴族とは言え、騎士団の家に生まれた女性がレベルを上げるなど正気の沙汰ではない。
他の貴族との社交でどこかいい家の子息に見初められようという気がまったくないということだ。
独立心の強い女性は貴族の間では嫌われる。
なにせレベルが上がると男女の能力差はほぼ無くなるので、女性がレベルを上げているととにかく面倒なのが結婚生活というものだ。
「アーリアの外に逃げれば失う資産が多すぎるからです。すでにヴィクトル商会の倉庫はいくつか差し押さえましたが、取引規模を考えると他にも倉庫があるのではないかと」
「ではそれを探せ」
「はっ、直ちに取りかかります」
敬礼をして騎士団長は儂の執務室を退出する。
儂はテーブルに広げた市内の地図に目を落とした。
カズヤがヴィクトルに鏡の製法を伝えたいま、アーリアを発つというカズヤの存在は邪魔なだけだ。
かつてアーリアを出立すると言っていたときは、仕方がないと思っていた。
むしろ鏡がこれ以上増えないことで、鏡の希少価値が上がるとすら考えていた。
カズヤが旅立つとすればリアーノに違いないという思い込みもあったからな。
だが鏡の製法が手に入ってしまうと、隣国リアーノであろうとカズヤが鏡を売るのは困る。
アーリアの特産品にできるのだから、周辺でカズヤが活動すること自体が、アーリアにとっては損失だ。
というわけで消えてもらうことにした。
それに合わせ、かねてより計画していたエインフィル領の独立の時だと儂は判断した。
季節が夏の終わりに近付いてきたということで、王都側から軍を出すのはしばらく難しいだろう。
兵を集め、食糧を集める頃にはアーリアは雪に覆われている。
攻め込むのは容易ではない。
冒険者ギルドへの協力を取り付けるために騎士たちを使者として送ったが、結果的に冒険者ギルドはこちらの要請を拒否し、騎士たちは冒険者ギルドを壊滅させた。
元より説得が上手くいかなければそうするつもりだったので、騎士たちの行動に問題はないものの、数人の冒険者を取り逃がした上、その場に現れたカズヤをも取り逃げしている。
最悪なのがカズヤの捜索にダンジョンに向かった騎士たちが、なぜか儂の息子の婚約者であるヴィクトルの娘を、一緒にいた冒険者たちから強引に連れて帰ってきたことだ。
恐らくはこの冒険者たちがヴィクトルにこのことを伝え、それを聞いたヴィクトルは素早く身を隠したのだろう。
そのままカズヤにも雲隠れされ、ヴィクトル商会長も見つからないまま夜を迎えているというが現状だ。




