第613話 弱者は虐げられる
しばらく隠れ家で息を整えていた僕らだったけど、一度日本に戻ることに決める。
なにをするにしても装備を整えなければならない。
最低限でも閃光音響手榴弾を相当な数用意しなければアーリアに近付くことさえ危険だ。
神楽坂の部屋に戻ってきた僕は、とりあえず知っている限りの事情を聞くために氷守さんの番号に電話を掛けた。
しかし電源が入っていないか、電波が届かないメッセージが流れるのみで繋がる気配は無い。
緋美子さんの[夢見]ではこの時点で僕らと連絡を取ってないということなんだろう。そのためにわざわざ電源を切っているということも考えられる。
時間は日暮れ時。
奈良ならともかく東京でなら店は開いているだろう。
武具を買い足すくらいの時間ならある。
「メル、一旦新宿まで出て道具を買えるだけ買おう」
「うん」
都庁ダンジョンがある関係でそういう道具は新宿のあたりが一番品揃えがいい。
本当は防衛省の人と連絡が取れたらいいんだけど、なにかあったら向こうから電話してくると言われただけで、連絡先はもらっていない。
まさか僕のほうから連絡が必要になる事態になるとはどちらも思っていなかったのだ。
安堂真帆の連絡先ならあるけれど、彼女は内閣府関係者であって、防衛省とは筋が違う。
僕が欲しいような装備は彼女の伝手からは手に入らないだろう。
CIAっぽい連邦議会調査官ダニエル・オーウェルの連絡先ならわかるんだよな。
いや、今は手段を選んでいるような状況じゃない。
僕は新宿へと向かわせたタクシーの中でダニエル・オーウェルに連絡する。
『Hallo』
「日本語ができない振りは結構です。正直に申し上げると今の僕に政治的取引をしている余裕はありません」
『オゥ、わかりました。ご用件を伺いましょう。ミスター』
「横田基地にある米軍の装備を使いたいのですが、僕はなにを差し出せばいいですか?」
『ハハッ、そんな許可が出せるわけが……、いえ、本国に掛け合いましょう。ミスターミナト、あなたはなにまでなら提供できるんですか?』
今の僕が持ちうる最大の切り札は結界装置によるダンジョン内への領土拡張ということになるだろう。
しかしそれは綾冬琥之佑との二枚舌外交になってしまう。
「ではそちらが望むスキルの"獲得条件"を教えるというのはどうですか?」
例えば医療行為に関係していれば回復魔法スキルを獲得しやすいということは判明している。
だけどこっちの世界ではほとんどのスキルについて獲得条件の特定に至っていないのが実情だ。
有用なスキルの獲得条件は喉から手が出るほど知りたいに違いない。
『それはどんなスキルでも知っているということですか?』
「そうとは言いませんが、メジャーなスキルならわかると思いますよ」
メルは冒険者になるために予備知識を勉強していた。
スキルに関する知識は人一倍に持っている。
あのロージア先生ですらメルにはスキル知識で敵わないと言っているのだ。
いや、ロージアさんは針子さんで先生ではないけど。
『確約は取れませんが、その線で本国と交渉します。複数のスキルについて教えてもらうという条件はつけられますか?』
「既存のスキルをすべてリストにされても困ります。しかし僕は一刻も早い交渉妥結を望んでいる。具体的なタイムリミットがあるわけではありませんが、僕の事情で手遅れになればその時点でこの話は無かったことにします。米国が納得し、僕が納得できるラインを、できる限り早く提案してください」
『理解した。可能な限り早く折り返すので、必ず出てくださいよ』
「確約はできかねますね」
僕は電話を切って今度は白藤綾乃に電話する。
『もしもし、そちらから連絡をくださるとは思いませんでしたね』
「四の五のやりとりしている余裕がありません。綾冬琥之佑と北森源治郎に繋いでください。今すぐに。条件はそちらで決めて構いません」
『あのねえ、そんな簡単に連絡が付く人ではないんですよ』
「六の七、僕はあなた方との取引をすべてご破算にする覚悟で電話をしています。米国への移籍もありえると考えてください」
これは脅し文句ではない。
僕が言語への適応さえできれば、別に日本に拘る必要なんてないのだ。
『なにがあったかだけ説明して。私だってお爺さまに直接連絡なんてつかないのよ』
「ああ、まどろっこしいな! そんなだから!」
僕はもっと鋭い罵り言葉をなんとか飲み込んだ。
それでも思わないではいられない。
ダニエル・オーウェルは僕の少ない言葉から、冗談ではないとすぐに察して本国と取引すると言った。
そこが白藤綾乃の未熟な部分だ。
僕が切羽詰まっていると理解して、とりあえずやってみると言い切るくらいでなければ仲介役としては役者が足りない。
「僕は自衛隊の装備品を使えるように防衛省と交渉できないか聞きたいんです。あるいは僕が直接防衛省の人と話をしますから連絡先を教えてください。いますよね、組織に、防衛省の人が」
『そんなのできるわけ!』
「ならいいです。この件は忘れてください。他を当たります」
『ちょっと待っ――』
僕は通話を切断する。
そんな僕を見ているメルが眉を寄せる。
「ひーくんはその子にだけ厳しいよね。私も好きじゃないけど、ひーくんほどじゃないな。どうしてなの?」
「なんだか見てて苛立つんだよ。なんだか昔の僕を見ているみたいな気持ちになる」
存在そのものが与えられた役割に足りていない。
それはかつての僕の姿だ。
変なプライドがあって、努力することすら怠っているように見えるところまで同じだ。
「だったらひーくんのやってることは良くないね」
メルが僕の手をそっと握る。
「昔のひーくんはどうして欲しかった? なにが必要だったの?」
メルに真っ直ぐに見つめられて僕はいたたまれない気持ちになる。
僕はようやく僕を苛めていた檜山の気持ちを知ったような気がした。
あいつも白藤綾乃を前にした僕みたいな気持ちだったのかもしれない。
だからと言って檜山を許せはしない。
けれど、なればこそ、僕は自分を改めなければならない。
僕はスマホの画面をタップした。




