第610話 嘘を吐く
アーリアの東にある森を南側に抜けて平原を走ること一時間と少しで、見覚えのある村の姿が見えてきた。
以前、YouTubeの動画撮影用にと借りた家のある村だ。
ちょうど小麦の収穫時期なのか農夫たちが刈り取りの作業を行っている。
アーリアから離れていることもあって、牧歌的な空気だ。
おそらくアーリアで起きていることはまだ伝わっていないのだろう。
僕らは長距離走の要領で走ってきたから、速度を緩めた途端に汗が噴き出してきた。
アーリアは比較的涼しい気候だけれど、それでも夏が終わったわけではない。
僕たちは一縷の希望を抱きながら、借りている部屋の扉を開けた。
しかしガランとした室内に人の気配は無い。
ここに家を借りたことはパーティメンバーに伝えてあるから、アーリアを脱出したのであればここに来ている可能性もあると思っていた。
僕らは床に座り込んで、息を整える。
胸を圧迫する絶望が出てきそうで、僕らは言葉を発することができない。
しばらくそうして、息が整ってくると次は現実に対処しなければならなくなった。
「メル、これからどうするかだけど」
「準備を整えてアーリアに戻って皆と合流だよね!」
「……!」
メルならそう言うだろうと思っていた。
だから機先を制してアーリアから逃げることを話したかったんだけど、きっとメルはそんな僕の思惑に気付いていたに違いない。
だから言葉を被せるように、アーリアへと戻ることを提案したのだ。
「正直に言うとそれは凄く難しい」
「なんで!? 日本には便利な道具がいっぱいあるよね。それを使えば!」
「閃光音響手榴弾はもう使ってしまった」
おそらく僕が手に入れられる物の中で高レベルの相手にもっとも有効なのが、閃光音響手榴弾だ。だった。
しかしそれを使っても、騎士を一人すら殺せなかった。
本当なら閃光音響手榴弾を見せた相手はすべて殺さなければならなかった。
そうしないと次は対策を取られるからだ。
外の四人に使ったときに、攻勢に出るべきだっただろうか。
メルなら殺せたかもしれない。
手持ちの閃光音響手榴弾はあと2個だ。
逃げるときの保険に残していた分だけど、あの場で全て使ってでも騎士を全滅させておくべきだったか。
「他にも便利なものがあるんでしょ?」
縋るようなメルの言葉だけど、僕は返答ができない。
「あっちの世界の武器はアーリアでは有効じゃないんだ……」
地球の武器はゲーム化の前に進化した物が主流だ。
つまり火器、爆薬の類いである。
しかしこれら化学的な爆発によって発生した威力はレベル補正によって極端に減衰する。
レベル10もあれば拳銃ではダメージをほとんど受けない。
世界中の軍隊がこぞってレベル上げを急ぐ理由がこれだ。
既存の兵器はレベルを上げた一人を止めることができないのだ。
「しかもあっちにはスキルの育った鍛冶師がいない。その上、上位の鉱石どころか灼鉄すら発見されていないんだ。レベルの高い騎士を相手にできる武具は日本には無い」
僕は首を横に振る。
日本でできる準備には限界がある。
そしてそれは騎士たちには通用しない。
唯一、騎士たちを怯ませることのできる閃光音響手榴弾は知られてしまった。
「じゃあクラッコまで行って」
「強力な武具を買うためのお金が無いよ。部屋の物は全部無くなってしまっていたし、冒険者ギルドに預けていたものを引き出すことももうできない」
「でもアーリアで起きていることを解決するって言えば」
「メル」
僕はメルの肩を掴んで、その揺れる瞳をじっと見つめる。
こんなことは言いたくない。
だけど言わなきゃいけない。
「クラッコはエインフィル領だ。正直なところクラッコに向かうのも危険なんだよ。僕は日本で準備を整えて……、クラッコを素通りして王都へと向かうつもりだ」
食料や野営の問題は日本へと転移することで解決できる。
時間をかけて王都へと逃げ延び、エインフィル領の叛乱を伝え、僕らは僕らで再起を図る。
それが正解だ。
「みんなは!? みんなはどうなるの!?」
「僕だってなんとかしたいよ。でも、できることがなにもないんだ」
アーリアへと戻るのはあまりにも危険だ。
そして何をするにしても、今の僕らには資金が無いのだ。
「ねえ、嘘だよね。ひーくんならなんとかできるんだよね。難しい顔で難しいことを言って、でも最後にはなんとかしちゃうんだよね?」
メルの目に涙が溢れる。
今にも零れ落ちそうな雫は、まだ表面張力で留まっていて、それが僕らの限界を表しているようだった。
溢れてしまえば、僕らの未来も零れ落ちる。
そんな気がする。
それでいいのか?
僕はメルの肩から両手を離して握りしめる。
僕は勝てない現実を前に諦めて、楽な道へと逃げようとしていないか?
檜山たちにいいようにされていたあの日々から僕は一歩も前に進めていない。
レベルが上がり、体を鍛え、見た目を変えて、自信も付いた。
愛する人ができて、僕を好きだと言ってくれる人が増えて、だけど僕は人間として根っこの部分が変わっていない。
現実ってヤツを目の当たりにすると、足が竦んで一歩も動けないんだ。
でもさぁ、大好きな女の子を泣かせて、それでも一歩も進めないなんて、そんなのはダサすぎる。
僕は疲弊した足に握りしめた拳を叩きつけた。
力を込めすぎて、鋭い痛みが足に走る。
構うか!
否定しろ!
できないと思う自分を否定するんだ!
歯を食いしばり、考えることを止める。
やると決めろ。
手段は後から考えればいい。
最初から逃げることを考えているヤツが、何かを得られることなんてないんだ!
「皆を見つけ出して合流する。ニーナちゃんも、ロージアさんも、シャノンさんとエリスさんは放っておいても大丈夫そうだけど、僕らが助けを借りたい。ヴィクトルさんたちがどうなったのかも確認する。場合によってはニーナちゃんの家族や、ヴィクトルさん一家も連れてアーリアを脱出する。もう零したりしない。手の届く全員を救う!」
僕は言い切る。
虚勢を張れ!
そして嘘を現実に変えるんだ!




