第609話 外を知る
東の森を抜ける街道はエインフィル伯爵の手によって厳しく見張られているだろうけど、森は広く、その全てに目が届くはずもない。
そもそも僕らは王都方面に向かうのではなく、東の森を南側に突っ切りたいだけだ。
幸いにもメルは東の森で狩りをしていた経験がある。
森の中にある道の中でも特に見つかりにくい場所を横切って僕たちは南へと向かう。
魔物との遭遇は何度もあったけれど、僕らとはレベル差がありすぎて軽く威圧するだけで逃げていった。
「そういえばアーリアの周りにはどんな町があるの?」
アーリアから出ることは決めていたけど、どこに向かうかは決めていなかった。
それは今、火急の命題として僕らの前に立ちはだかっている。
「隣町感があるのはエールセッヘかな。ここを東へ抜けていかなきゃいけないけど」
「ここは魔物が出るでしょ」
「そうだけど王都方面への最短ルートだから、人も物も一番やりとりがあるんだよね」
「なるほど。それもエインフィル伯爵が強気な理由かもね」
「どういうこと?」
「軍隊で森の中を抜けるのは大変ってこと」
鬱蒼と木々の生い茂る森は装備を抱えた兵士たちにとって酷な道だ。
それが訓練された兵士たちならともかく、徴兵された市民ならばなおのことだろう。
街道に沿って軍を進めるしかない。
「王都方面から叛乱を鎮圧しようと軍隊を派遣しても、森が自然の要害になる。特に大型のカタパルトなんかは運ぶこともできないだろうね」
街道はすでに横切ったけれど、それほど広いものではない。
一般的な馬車がすれ違うには、どちらかが道の横に馬車を寄せなければならないだろう。
隊列はどうしても縦に伸びることになる。
側面からの奇襲に弱い陣形だ。
「近隣には他に町は無いの?」
「アーリアの北にはロッセント領のエルニアって町があるらしいけど、道が無いんだよね。南には離れてるけどクラッコって町があって、そこはアーリアと同じでエインフィル領。山の中にあって鉄が取れるみたい」
アーリアにはダンジョンと農地があって、南には鉱山か。
なるほど。
独立しても資源面で不安は無いんだろう。
でも、じゃあ、なんで今まで独立してなかったんだって話にはなる。
「あとね、グノイ川の向こうにテンネンって町があるんだけど、リアーノなんだよね」
「リアーノ?」
異界言語理解さんが翻訳しないということは固有名詞だと思うけど、聞いたことが無い。
「隣の国だよ。船を使って物のやりとりはあるんだ。あ、船って言ってもちっちゃいのね!」
「へえ」
ということはエインフィル領は王国の西端にあって、リアーノって国と接しているということになる。
グノイ川が事実上の国境なんだろうな。
それがこれまで独立を妨げてきた要因だろう。
推測だけど川を越えて攻め込まれたときにエインフィル領だけでは防衛力が足りなかったのだ。
だけどその状況が変わった、ということだろうか。
だとするとエインフィル伯爵がリアーノとなんらかの契約を交わした可能性もある。
「北には道が無くて、南はエインフィル領が続く。東が王都で、西が他国か」
エインフィル伯爵に狙われている以上、向かうとしたら王都一択になる。
だけどエインフィル伯爵にしてみれば東の森を抜けるルートを封鎖しない理由が無い。
おそらくどこかで厳重な検問が敷かれているだろう。
「他に王都に向かうルートはない?」
「クラッコから山越えかな。かなり遠回りだし、強い魔物が出るって聞いたことある」
「グノイ川を下るというのはどうなの?」
「おっきい滝があるからエルニアに行くのは難しいと思うよ。陸路でも断崖絶壁だし」
「そうか、アーリアって高地だったんだ」
だから冬が厳しいのかな。
海が身近じゃないというのも納得だ。
もっと植物に詳しければ植生とかで高地だとわかったかもしれないけど、そっちの勉強はしてなかったね。
「そろそろ森を抜けるよ。ここからは平原が続くけど、どうする?」
「カモフラージュだけして走ろう」
僕らはその辺に生えている背の高い雑草を衣服にくくりつけて迷彩の代わりにする。
遠くからみたら草が風に揺れているだけに見える……かもしれない。
双眼鏡、あるいは単眼鏡のような、いわゆる遠見のできる道具はアーリアには無い。
けれどスキルに[遠見]があるんだよなあ。
市壁から外を警戒しているような衛兵だと、選択スキルではなくとも自力習得している可能性がある。
「東の森に入っていく動きは警戒されているだろうけど、東の森から出てくる分には見張りもそれほど気を払わないと思う」
「じゃあこの草はなんなの?」
「見つかる可能性を下げるためだよ」
僕が言いたかったのは、見つかっても即座に最悪の結果にはならないということだ。
当然見つからないのに越したことはない。
「まあ、魔力が心許ないから魔法剣を移動に使うのは温存だね」
そういう大事なことはもっと早く共有しておこうね!




