第607話 路地裏を行く
冒険者ギルドの二階に空いた壁の穴から外に飛び出した僕は、表側に向けて回り込む。
メルがその速度で四人の騎士を翻弄しているのが見えた。
「バン!」
アーリアで閃光音響手榴弾を使うときは、バンとだけ伝えることはメルと打ち合わせてある。
僕が投げた閃光音響手榴弾は放物線を描いて、激しく立ち回る五人のところに飛んでいく。
「今だ!」
手元で時間を調節していたので、起爆タイミングはわかる。
僕の叫びを聞いたメルは戦闘中にもかかわらず、その場にしゃがみ込んで、耳を塞いだ。
一方で騎士たちはなにが飛んで来たのかを確かめようと、その異物に顔を向けていた。
閃光と轟音。
視覚と聴覚を奪われた騎士たちはその場に転げ、兜を外そうとしてもがいている。
閃光音響手榴弾をもろに食らった彼らはしばらくなにも見えないし、聞こえないはずだ。
「メル、アーリアを出よう!」
「ニーナちゃんはいいの?」
「僕らの安全確保が先だ」
本当はメルの、って言いたいけど、そう言うとメルはニーナちゃんを優先しそうだったから、敢えて僕を混ぜる。
僕、というより僕の持つスキルは換えが利かない。
そのことはメルも理解している。
「ここからだと西門が一番近いね」
「西門は騎士たちが詰めていると思う」
ダンジョンに一番近く、冒険者の出入りが多い西門は騎士たちが固めているはずだ。
というより門はすべてそうだろうな。
「もっと北寄りの壁を登ろう。ぐるっとアーリアの東の森を抜けて南へ向かう」
要は追手がかかることを見越して一番遠回りをしようということだ。
「なにかわかったの?」
「エインフィル伯爵が王国から独立を図った」
「えっ?」
メルが辺りをきょろきょろと見回す。
ここに来るまでの道中、アーリアの市街はいつも通りだった。
そんな大事が進行しているように見えない。
ただここは冒険者ギルドが騎士団に攻撃されたこともあって、人々が避けているのか人通りは無い。
それがここだけなのか、他の場所でも起きているのかまでは、僕には知りようがない。
僕はメルの腕を引いて走り出す。
「どういうこと?」
「僕が売った鏡で得た利益……、いや、違うな。ヴィクトルさんに鏡の製法を伝えたからだ。製法を守るためにダンジョンの中に町を作るなら、エインフィル伯爵の許可がいる。王国に所属したままだと国からの横やりがあるかもしれないから独立を? じゃあ僕は口封じか」
つまり全部僕のやらかしだということだ。
少し前までエインフィル伯爵は僕がアーリアを発つことに同意してくれていた。
だけどそれは鏡の製法を知る前の話だ。
あるいはその時点でもう僕を口封じする方針だったのかもしれないけれど……。
「じゃあヴィクトルさんはどっちについたんだ?」
エインフィル伯爵に同調したのだとすれば、僕を消すことにも同意したということだ。
逆にエインフィル伯爵に逆らったのであれば、その身柄が危ない。
「ひーくん、だからどういうことなの!?」
メルに呼びかけられて僕は気を取り直す。
「エインフィル伯爵と騎士団は僕を殺したいんだ。冒険者ギルド長は殺されて、ギルドはもう機能しないと思ったほうがいい。中では冒険者がかなり殺されてた。みんなはいなかった、と、思う」
「領主様はどうしてそんなことしたの?」
「鏡の利益を独占したいからだ。僕の命を狙っていることからほぼ間違いない」
製法が伝わるまでは精巧なガラスミラーは僕を通さなければ入手できなかった。
だけどそうではなくなった。
ならばアーリアを発とうとしている僕の存在は邪魔なだけだ。
「シャノンさん、エリスさん、ロージアさん、ニーナちゃん以外の誰も信用できない」
彼女たちは僕のスキルを知っているから、それがエインフィル伯爵に漏れていない以上、信用できる。
でもそれ以外の誰も信用できない。
それがどんなに親しかった人でも、だ。
「どうするにせよ、まずはアーリアから脱出しないと」
転移して戻ってくるポイントを押さえられたらキツい。
日本に戻るにしても、安全を確保できる場所からでないといけない。
「じゃあ、こっち!」
土地勘のあるメルの先導に従う。
大通りではなく、曲がりくねって狭い路地を僕らは走って行く。
この終わりの見えない道が、僕らの行く先を暗示しているかのようだった。




