第606話 有り得た中で最善の悲劇
[潜伏]スキルを発動させた僕はこそっと冒険者ギルドに足を踏み入れる。
中は酷い有様だった。
何人もの冒険者が斬り倒され、血の海に沈んでいる。
当然ながらよく知った顔たちが、物言わぬ屍と化していた。
室内は滅茶苦茶に荒らされている。
呻き声や泣き声が聞こえてくるのは生きている人がまだ残っているということだ。
一方でそれをかき消すように階段の上からは激しい戦闘音が聞こえてくる。
僕は床に転がっている武器から金属製の大槌を選んで拾い上げた。
全身甲冑の相手にダメージを与えるとしたら、重量のある武器による衝撃が一番だろうと思ったからだ。
音を立てないように慎重に階段を上がった僕は、廊下の先で机などを使って築かれたバリケードを挟んで行われている戦闘を確認した。
騎士は四人しかいないが、冒険者ギルド側にとってかなり状況は悪いようだ。
そりゃそうか。
赤の万剣が引退し、レベル50を越えている冒険者はアーリアにはいない。
入団条件がレベル50の騎士たちに敵うはずがないのだ。
それでもバリケードを築き、地の利と、人数でなんとか対処している。
だけどそれだって時間の問題だろう。
見た感じ、今にもバリケードは破られそうだ。
つまり考えている時間はない。
僕は廊下にいつものヤツを投げ込むと、目を閉じ、耳を塞いだ。
閉じた瞼を貫く閃光、そして耳を塞いでいても聞こえてくる轟音。
閃光音響手榴弾だ。
音と光はレベルに関係なく伝わる。
僕はすぐに大槌を手に廊下へと躍り出る。
閃光に目を焼かれ、轟音に三半規管を揺さぶられた騎士たちは地面に転がり、のたうち回っている。
まあ、防御側の冒険者たちも同じことになっているけれど。
僕は大槌を振り上げ、騎士の首を目がけて全力で振り下ろした。
いわゆる急所への攻撃はレベル差さえ貫ければ致命傷になる。
レベル補正に不意打ちボーナスも乗っているはずだが、それでも首は折れない。
僕が弱すぎるのか、騎士が強すぎるのか、あるいはその両方だろう。
だが相応のダメージは与えたはずだ。
しばらくは動けないと信じたい。
次々と僕は大槌を振り下ろす。
四人の騎士が動かなくなるのを確認し、僕はバリケードを乗り越えると、まだ顔を手で押さえ、のたうち回っている冒険者たちに[中回復]魔術をかけてまわる。
閃光音響手榴弾による状態異常は治せないけど、これまでの戦いでついた傷や、体力は回復できるからだ。
回復系の魔術を受けているとわかると、苦しんでいた冒険者たちは落ち着きを取り戻した。
まだ目も耳も使えないみたいだけど、ひとまず暴れることはなくなって一安心だ。
一通り処置を終えて顔をあげると、廊下の奥にある扉から誰かが顔を覗かせているのが見えた。
「安心してください。味方です。冒険者のカズヤです」
「騎士たちはどうなった? 死んだのか?」
それは冒険者ギルド長のルキウさんだ。
無事で良かった。
この人が一番事情に明るいはずだ。
「戦闘不能なだけです。すぐにも起き上がってくるかもしれません。外の騎士はメルが引きつけてくれています」
「くっ、トドメを刺す時間はないな。負傷者も置いて行くしかないか。動ける者だけで構わん。とにかくアーリアから脱出する。いいか、これはすべての冒険者への強制依頼だ。王都に伝えよ。エインフィル伯爵に叛意あり、と」
その宣言を聞いて室内から何人かの冒険者が冒険者ギルドの裏手側に向かって走り出す。
そして壁をぶち破って外に出て行った。
冒険者だもんね。レベルがあれば、それくらい余裕だ。
「エインフィル伯爵がですか?」
ルキウさんは僕がエインフィル伯爵に鏡を売ることで西方貴族が力をつけ、独立しようとするのではないか。そして僕はそれを狙って送り込まれた間諜なのではないかと疑っていた。
誓って僕はそれではないが、結果的にそうなった、ということだろうか。
「君の、せいだぞ。エインフィル伯は力をつけすぎた。まあ、エインフィル伯の動きを見る限り、君が意図したことではなかったのだろうが……」
「話は後でじっくり聞きます。まずはアーリアから脱出しましょう」
「はは……」
ルキウさんは笑った。
そして血を吐いた。
口を手のひらで拭う。べったりと顔に血が付いた。
「言ったはずだ。動ける者だけだ」
僕は慌てて[中回復]魔術をルキウさんに向ける。
ルキウさんはずるずると床に仰向けに倒れ込んだ。
「回復魔法使いはいないんですか!?」
「魔力の無駄遣いをするな。回復魔法使いを先に潰すのは戦いの基本だ。いいか、王都に報せに走れ。そしてエインフィル伯の叛乱を止めるんだ」
見る間にルキウさんの顔から血の気が引いていく。
おそらく回復魔術に長けた誰かがルキウさんの命を引き延ばしていたのだ。
しかしその誰かはルキウさん自身の命令を受けてここを離脱した。
「いや、やはり君は身を隠せ。エインフィル伯は君を……ごほっ! ごほっ!」
ルキウさんは強く咳き込むと、ひゅーひゅーと息を吐いた。
続きを口にしようとしているのだと思う。
だけどもうその力が残されていないのだ。
「僕の、仲間はどうなりましたか!?」
冒険者ギルド内にはいなかった、はずだ。
一階をくまなく探し回ったわけではないから確信は持てないけれど。
ルキウさんは小さく横に首を振って、そして動かなくなった。
まだ息を引き取ったわけではないけれど、時間の問題だ。
僕の[中回復]魔術では少しばかり苦しみを引き延ばせるだけだ。
僕は魔術の構成を散らし、近くにあった短剣を手に、先に行った冒険者たちの後を追うように冒険者ギルドから脱出した。
この日、アーリアの冒険者ギルドは壊滅した。




