第595話 【メルシア】は不安を抱えている
実を言うと結構不安なんだ。
このお船に乗っている人は、ちょっとだけレベルを上げている人が多い。
大体10くらいまでかな?
レベル上昇によるステータス上昇ってレベルが低いほど効率がいい。
レベル1から2と、40から41で上昇する補正値はほぼ一緒だから、段々レベルを上げるための苦労と報酬が合わなくなっていく。
ダンジョンの魔物って10層毎の強化が明確だから、9層まででパワーレベリングを受けると、まあ、手間を考えるとレベル7か8くらいまでだよね。
つまりこのお船に乗っている人たちは普通の人よりお金か手間をかけて、その壁を突破しているということだ。
お話を聞いている限り、お金の方だよね。
お金持ちばっかり乗っているみたいだし。
一方でスタッフの中にはレベル15くらいの人も結構な割合で混じっている。
確かこっちの世界では一般的な冒険者、あ、専業探索者って言うんだっけ、はレベル15くらいだということだから、そういう人たちを臨時で雇っているのかもしれない。
対して私のレベルは41だ。
なにも脅威に思うことはないのだけど、ただスキル[地術]のデメリット、『大地、あるいは大地に固定されている建造物に体が触れていない場合、ステータスにマイナス補正がかかる』というものが強烈に効いている。
[地術]は分類としては第二スキルで、その性能がやや尖っている。
スキル熟練度が上がるほどメリットが増し、デメリットも増す、という感じ。
何が言いたいかというと、今の私は普段よりずっと弱体化しているということなんだ。
弱体化していてもこのお船に乗っている他の人に負けるとは思っていないよ。
思ってないけど、いつものように体を動かせないというのは不安だよねってこと。
私は船内のショップでハンガーに並んだ水着をひとつひとつチェックしながら、そんなことを考える。
妻が不安に感じてるのにさあ。
夫は最近出会った若い女とどこかに行ってしまった。
一応話は聞いていたけど、ちゃんと紹介もされていない気がする。
あれだよね。ステラリアの次にひーくんが面倒見ることになった子だ。
私プラス五人の女の子を落としておいて、次の女とほいほいどこかに行ってしまうってどういうことだ?
咲良さんを入れたら六人か!
釈然としない思いを抱きながら水着を選ぶ。
個人的には上下に分かれた水着がお好みだ。
動きやすそうで、とてもいい。
でもひーくん的にはどうなのかな?
私が足とかお腹の出てる服装をしてると、ちらちら見てくるクセに、なんか羽織らせようとすることあるよね。
あれはなんなのだろうか?
見せたくて見せてるんだから、隠さなくてもいいのね。
それじゃこっちにしとこうか、と布地の多い水着を手に取ってから、なんかひーくんに遠慮して水着を選ぶのが馬鹿らしくなって、私はさっきの水着の方を手に取った。
クルーズカードで支払いついでに聞いてみると更衣室みたいなのは無くて、客室で着替えて行くものらしい。
私は部屋に戻って水着に着替えると、今度こそプールに向かう。
貴重品だけを入れる小さなロッカーにクルーズカードを放り込んで、いざ初プールだ。
アーリアだと遊ぶために水を溜めるような習慣は無くて、私は見よう見まねで水の中に飛び込んだ。
プールは思っていたより深くて、底に足を付けると口が水面に出ない。
縁に掴まって、なんとか息継ぎをした私は、むむむと思案した。
思っていたより難物だぞ、これは。
ぷかぷか自前で浮いている人もいるけれど、あれはどうやっているんだろうか。
多分、素直になんか空気袋みたいなのを借りた方が良さそう。
一回水中に身を沈めて、底を蹴ってその勢いでプールの横にまで飛び上がった。
どうやら空気袋みたいなのはプール脇で借りられるみたいだ。
そこに向かって足を進めようとすると、進路上に三人組の男性が立ち塞がった。
「お姉さん、すごいね。いまプールから飛び上がらなかった? ご先祖に人魚がいるとかある?」
「いや、ホント人魚って言われてもびっくりしないくらい可愛いね。ひとり? 暇してるなら俺らと遊ばない?」
「いえ、連れがすぐに来るので」
こういう手合いには慣れている。
酒場で働いていたときにイヤというほど経験した。
この男たちは触ってこないだけ良識がある。
「そんなこと言わずにさあ。お連れさんが来るまででもいいから」
「何か飲む? 奢らせてよ。それ飲む間だけでもいいからお話しよーよ」
威圧で黙らせるのは簡単だけど、きっと大事になるしなあ。
「いまは一人で浮いていたい気分なんで放っておいてくれます?」
「なにそれ? ちょっとおセンチじゃん。なにかあった? 話聞くよ」
「そんなのより、俺らと楽しくやんね?」
ナンパされる前に迎えに来てねって言ったのに結局間に合ってないし。
私はイライラして腰に手を当てる。
「あのさあ、邪魔だ、っつってんの。遠回りに断ってんだからさっさと引き下がりなよ。数打ちゃ当たる程度に考えてんだろ。次行きな」
「はあ? 優しく声かけてやってんのになんだその態度」
「わかってんの? 問題起こしたら困るんじゃない? ここにいるのは立場のある人ばっかなんだぜ」
あー、もうイラつくなあ。
あと一人喋んないでジロジロ見てくるだけのヤツはなんなの?
と、思っていたらそいつがポンと手を打った。
「あ、オリヴィアじゃん。YouTubeの」
「ここじゃ相手の名前を出すのは御法度じゃなかったっけ?」
「どうせ本名じゃないんだしいいじゃん。パパとママのこと探してんだっけ? 人捜しなら力になれると思うなあ」
警備員は素知らぬ顔だ。
なんだか知らないけど、こいつらの素性が関係しているのかもしれない。
アホらし。
なにが地上のことは忘れて、だ。
しがらみだらけじゃん。
「えー、なに、お姉さんYouTuberなの? でも今はカメラ回してないよね。電子機器持ち込み禁止だもんね」
「どっかの誰かに気に入られて招待された感じ? いいじゃん。俺らとも仲良くなろーよ」
YouTuberというものが後ろ盾のない人気商売であることは私もわかっている。
アーリア風に考えるのであれば、彼らは言わばこの国の貴族の子弟で、見た目が気に入った踊り子をおもちゃにしようとしている、という構図だ。
よくあることだ。
「俺らとくれば気持ちよくなれっからさー」
ありふれたことだ。
男たちは私へと手を伸ばしてくる。
私に後ろ盾がないと見て、多少の乱暴は構わないと思ったのだろう。
こんな時にさっと助け出してくれる王子様がいれば、って思うんだけど、ひーくんはそういうタイプじゃないよね。
知ってる。その上で好きになったんだし、それは仕方がないよね。
ぐいと引き寄せられる。
後ろに。
「すみません。僕の妻になにか用ですか?」
両腕で後ろから抱きしめられ、聞き慣れた安心する声が耳朶を打つ。
なんだよ。やればできんじゃん。
それはそれとしてどうしてひーくんから知らない女の匂いがするのかな?




