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GAMELIZATION ~ゲーマライゼーション~ NPCの生存戦略  作者: 二上たいら
第9章 瑞穂の亡霊たち

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第592話 幸福の要件定義

「ミーちゃんはさあ」


 北森源治郎は言う。

 その呼び方を改める気はないんだ……。


「なにがしてぇんだ?」


「なにが、とは?」


「金はある。女もいる。その女は有名人で、承認欲求だって満たされてるだろ。これ以上、なにが必要なんだ?」


「まあ♡」


 バニーさんさあ、なんで僕に絡みつく強さが増すのかな?


「あなたの答えが“これ”ですか?」


「ゲンちゃんと呼べ。俺はミーちゃんに聞いてるんだ」


 手元で指揮棒みたいに振っていたシーシャのパイプをビッと僕に突き付けて、北森源治郎は言う。


 弱いけど、威圧を感じる。

 この感じはレベル20を越えているな。

 最初の選択スキルを取っている。


 つまり選択したスキル次第では、僕を害することも可能。


 僕はゆっくり息を吸って、そして吐いた。


「僕は幸せになりたい。それだけです」


「幸せになりたいなら目を閉じ耳を塞げ。特にSNSは良くないぞ」


 至言だと思う。思うけどね。


「海面に立っているとして、その人から見える水平線は四キロメートルちょっと先らしいんです」


「十キロ先の脅威を知ってしまった。そんなところだろう。その話のオチは。そんなものは――」


 つまらなさそうに言う北森源治郎の言葉を遮って僕は言う。


「僕が見たのは津波です。誰も逃れられない」


 僕の言葉を聞いて北森源治郎はパイプを吸った。

 テーブルの上に足を放り出し、足を組んで、天井に向かって煙を吐く。


「ならなにをしたところで無駄だ」


「ええ、僕はさっさと高台に逃れたいところです。ですが、彼女はそれを望まない。そういう僕を望まない」


「なるほど。幸せにはなれそうにないな。ミーちゃんは」


「だとしても、そうなるための努力を惜しまないと決めたんです」


「やれやれ、老害にはなりたくないんだがなあ」


 いや、老害っつーか、普通に害だよ。なんか。存在そのものが。


「人には生まれつきの能力差は無いと思うか?」


「いえ、あります」


 誰より僕自身が知っている。

 僕は下の下だった。


 努力が足りなかった?

 そうだろう。

 だけど言うじゃないか。努力できるのも才能だって。


 世界がゲーム化する(ゲーマライゼーション)まで僕は普通の子どもだったと思う。

 しかし運営が全世界にアナウンスを行ったあの日、僕ら人間がステータスを得た時に、全員が平等にレベル1になったその瞬間に、僕は最弱になった。


 今でこそレベル1の時点でステータスにはすでにレベル補正が乗った数値が認識できるとされているけれど、当時はそうではなかった。

 周りと比べて極端に低いステータス値は、生まれついてのものではないけれど、運営かみから与えられる才能は平等ではないと思い知るには十分だった。


「努力でそれはひっくり返せるか?」


「無理です」


 努力だけ(・・・・)では無理だろう。

 加えて偶然、運、奇跡のようなものが必要だ。


 そして僕のような平凡以下が努力と奇跡を揃えても、本物の天才には到底及ばないだろう。


 日々の努力をするようになり、キャラクターデータコンバートという奇跡を行使して、パワーレベリングまでした僕は、それでようやくアーリアにおけるレベル40平均のステータス合計値に追いついたくらいだ。

 奇跡に努力を重ねて、ズル(チート)までして平均。

 それが僕の現実だ。


「そうだ。|必死に努力するのが普通・・・・・・・・・・・なんだ。それでようやく平凡に立てるのが普通だ。大した努力もせずに自分を平凡だなんて言ってるヤツは、生まれついての才能をドブに捨ててる阿呆アホだ。オレに言わせりゃ無能だよ。故に“努力を惜しまない”なんて言葉に価値はねぇな」


「ではどうしろと? 先達せんだつとして教えてくれるからこそ、この話に持ってきてるんですよね?」


「要点は一つ。幸せとはなるものではないということだ。例えばオレはいま若くてとびきり美人でスケベな姉ちゃんたちに囲まれて、タバコを吹かしながら未来ある若者に高説垂れて大変幸せだが、こうなりたいと思ってこうなっているわけじゃない」


「ホクシンを創業したかったわけではない?」


「ちげぇよ。いまのオレにだってこうしたいってビジョンがある。だがそれに到達したところで幸せになるとは思わねぇな」


「幸福を求めていないということですか?」


「それも違う。やりたいこと、やるべきことと、幸せを感じるということは全く別のものだってことだ。こうなったら幸せだと思ってるうちは、ずっと幸せにはなれねーよ」


「ねぇ、もっと楽しい話をしましょうよ」


「悪ぃ、もうちっとな」


 バニーさんが甘ったるく言うと、北森源治郎は彼女にパイプを渡した。

 彼女は水タバコを深く吸って、ぶああと煙を吐く。


 虚ろな瞳は意識の混濁を表している。

 緩んだ顔は彼女が多幸感を味わっているということだ。


 ねえ、それ普通の水タバコ(シーシャ)だよね? 変な成分は入ってないよね?


 北森源治郎は左右のバニーさんの太股を撫で回しながら、眼光だけは鋭く僕を見据える。


「要件定義をしようか。幸福とはなにか」


「それは人によって違うと思いますが」


「そいつを可能な限り定義するんだ。例えば現状への満足は幸福か?」


「そうですね。そうだと思います」


「では現状に飽いたら幸せじゃなくなるか?」


「一般的にはそうなるんじゃないでしょうか」


「つまり幸福とは安定した状態ではないということだ」


 確かにそうだ。

 幸福とはそれが永遠に続けばいいと思えるような状態を指しているようだけど、もしも永遠に同じ状態が続けばそれは地獄だろう。


「強い刺激や快楽は幸福か?」


「幸福感は得られると思いますが、状態として幸福であるとは言えないと思いますね」


「では他人と比較して優れていることは幸福か?」


「比較によって得られる幸福は、より上を見た時に崩壊します。何かと比較するのは外しましょう」


「つまり幸福とは自ら見つける自らの良い状態だな。外から見た自分の境遇や、状況には左右されない。自分が幸せだと思えたら幸せだということでいいか?」


「幸せだと思い続けることができるのであれば」


「いい着眼点だ。さっき安定した状態は幸福ではないと定義されたばかりだな。つまり幸福とは常に変化し探し続けなければならないということだ」


「それはかなり大変ではありませんか?」


「苦労は別に幸せとは競合しないだろう。やりたいからする苦労はむしろ幸福感があるものだ。つまり幸せを維持したければ、達成感よりその過程にこそ幸福を見出さなければならない。幸福を探し続け、発見し続ける者は、幸福である」


「つまり幸福とはなろうとするものではなく、現状から発見するものだということですか」


「今回の場合はそういうことで話を進めようや」


 確かに幸福とはなにかの一般論を決定する場ではない。


「ミーちゃんは幸せになりたいと言ったが、それはいつでもどこでも見つけようとすれば見つけられるものだ。遠いところに幸せを定義して、そこにいないから自分は不幸せだと決めたいならそうすればいいが」


 僕はため息を吐いた。

 流石に大企業の創業者ということか、曖昧なことを言っても咎められるだけだ。


「前言を撤回します。僕はちゃんといま幸せですよ」


「そうなんですねぇ」


 耳元でバニーさんが甘くささやいて、その豊満な体を僕に押しつけた。


 そういうことではないよ!?

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