第520話 君はまだ本気を出していない
基本的に中層までの魔物はそれほど賢くない。
集団を作っていることはあるが、ただ複数いるというだけで連携のようなことはしてこない。
だけど当然ながら人間は違う。
それも対人戦を前提に戦術を組み上げているとなれば尚更だ。
米兵たちは僕たちが回復役を狙うのをわかっていて、誤認させてきた。
そうして誘い込んだのだ。
狩り場に、メルを。
メルを囲った米兵たちがそれぞれ攻撃行動を開始する。
来るとわかって待ち構えていたから、メルの速度にも対応できている。
米兵の一人が手を伸ばし、その指先から白い糸が放たれた。
[絡め取る蟲の巣糸]だ。
アーリアの冒険者でも使い手がいると聞いたことがある。
このスキルは熟練度があがると糸が大きく広がって回避はほぼ不可能らしいけど、この米兵はまだ熟練度がそこまでではないのだろう。
発射された糸は一本だけで、メルはそれを回避する。
だけど粘着性の糸は触れるだけで対象に付着するため、メルは得意とする紙一重の回避ができない。
大きく横に逸れるしかない。
そこに別の米兵が大剣を振り抜いた。
遠く離れた僕にまで風が届きそうな、空気を唸らせる一撃。
だけど力任せのぶん回しはメルにとっては見慣れた攻撃だ。
今度こそ紙一重のギリギリで回避したメルは、体勢を立て直し、米兵たちの群れを抜ける。
当初の目標を違えずに攻撃に向かう。
何故か。
その人が指揮官の一人だからだ。
軍での階級がどうとかは関係なく、この場の、少なくともメルを誘い込んだパーティを指揮しているのはその人で間違いない。
なら僕がするべきことはなんだ。
メルへと駆け寄りながら、僕はその一団を注視する。
大前提として地球において先天でない[回復魔法]スキル持ちは、そのほとんどが医療従事者だ。
医療行為が[回復魔法]スキルの熟練度をあげるからだ。
だから医者とか看護師みたいな人がいれば、回復魔法使いである可能性は高い、んだけど、みんなマッチョで見分けがつかないよ!
僕はよくわからないまま、咆哮を上げ、その一団にぶつかっていった。
輪の外側から噛みついた形だ。
回復魔法[追加装甲]の光が瞬く。
一定の攻撃を遮断し、さらに防御力をあげる補助魔法だけど僕の攻撃力が勝る。
ロングソードで目の前の一人を地面に叩きつけ、そして冷静に引く。
十分に敵意は稼いだ。
さあ、メル。君の舞台だ。
軽戦士は重戦士が敵意を取っている状況でこそ輝く。
つまり指揮官を一撃で倒したメルが、勢いを逆転させたかのように、僕に注意を向けた一団へと襲いかかった。
ぬるりと、風さえ起こさずにメルが通り抜けた後で米兵たちは倒れていった。
回復魔法使いがいようがいまいが、全員まとめて倒せば同じことだ。
もちろん回復魔法はパーティ外でも対象にできる。
いずれ他のパーティの回復魔法使いが彼らを回復させるだろう。
「ちょっと甘く見てたかな。ひーくん、本気出すよ。リーダー変更ね」
だけど回復より早く倒していけばいいだけだよね。
「オーケー。ここからは僕が判断する。とりあえずは自由に戦ってみよう」
「真面目にやってよー」
そう言いながらメルは加速して目の前から消える。
いや、加速なんてものじゃない。
それはもう発射だ。
銃口から放たれる弾丸の如く、メルは米兵の群れに突っ込んでいった。
もしも弾丸が自由自在に動き回ればどれほど厄介か。
メルはそれを体現している。
そしてそれを成立させているのはメルがレベル40になったときに選択した[魔法剣]スキルだ。
その基礎スキル[属性付与]は手にした武器に各種属性を与えることができる。
火なら刃は火に包まれ、水は切れ味を増し、土なら重量を増す。
そして風を付与した武器は風を放つ。
普通は風の刃を飛ばして遠距離攻撃するらしいのだけど、メルはこの風の反動を加速手段として使うことを考えた。
ちょっと普通の発想じゃないよね。
ただでさえ[地術]スキルの基礎効果で動きが人間離れしているというのに、そこに肉体的にはありえない加速が加わるのだ。
メルは攻撃自体は打撃へと切り替えた。
風の魔法剣でそのまま斬ることもできるんだけど、多分死んじゃうからね。
正しい手加減だ。
なんの心配もいらないな。
そう思いながら僕は米兵を挑発して、逃げ回る。
いや、瞬間的になら優位に立てるよ。
でもスキルを使った人間の大軍相手の戦闘となるとからきしだ。
今度ベクルトさんに頼んで門下生のレベル20くらいの人集めて相手してもらうか。
いくら取られるだろうか。
レベル20の人たちにとっても集団で自分たちより上のレベルを相手にする練習になるから相殺できないかな?
包囲網なんてものはすでになくなっていた。
包囲網というのは相手がその輪を食い破れないときに初めて成立する。
易々と突破できる相手であれば、輪を作ること自体が兵力の分散だ。
とは言え背中を見せながら逃げられるのは[鷹の目]スキルのおかげだ。
チラッと振り返るだけでしばらく後方からなにが来るか予測できる。
米兵たちの判断はある意味では正しいのだ。
この状況であれば、倒せる可能性の高い僕を先に潰して、全力でメルと対峙するのが正着だと思う。
僕の攻撃が痛くもかゆくもないなら、無視する手もあるんだけど、そこまで弱くはないよね。
僕が倒した米兵は数人だけなんだけど、それは僕が敵意を一身に集めているからだ。
注目を集めているから、攻撃のために深入りすれば手痛い反撃を受けることになるだろう。
だから僕は相手が一番嫌がるであろう程度に攻撃をして逃げ回っている。
このままメルに任せて倒しきれたら楽だったんだけど、そうはいかないよね。
潮目が変わる。
米兵たちも気づいた。
このままではメルにすり潰されるということに。
回復魔法使いたちはいるはずなんだけど、回復ができない。
メルの移動速度が速すぎて、回復していると気づかれた瞬間に狩られるからだ。
彼らは方陣を組んだ。
騎兵に対抗するために歩兵が生み出した防御陣形だ。
おそらくメルの速度と火力がいつまでも続かないと判断したのだと思う。
それ自体は正しい。
正しいのだけど、メルの体力も魔力もまだまだ残っているよ。
相手が足を止めたのをいいことに、メルは雷撃の如く、方陣を打った。
外側が倒れると、内側に引き込まれ、別の誰かが穴を埋める。
そして方陣の内側で回復魔法使いが負傷者を回復させる。
そういうサイクルのようだ。
だけどそうだとわかってしまえば。
「アナ、二度打ちだ!」
方陣を打ったメルは、負傷者が引き込まれるのに合わせて、方陣の内側に潜り込んだ。
外側に向けて硬い方陣だが内側に入り込まれると弱い。
外側の面を構成する米兵は、方陣の外に向けて集中している。
だからこそ防御力があるのだ。
そしてもちろん背後から攻撃されることは想定していない。
「We surrender!」
たまらず米兵たちは手を挙げて降参を示した。
残っているのは十数名というところ。
「アナ、退いて。僕たちの勝ちだ」
さすがに降参した相手をこのまま倒したら米兵たちが敵に回っちゃうよ。




