第513話 光に集う
とりあえずこれでパーティはニーナちゃんとヴィーシャさんの入れ替わりこそあれど存続できそうだ。
アーリアの自室に戻って、日本にキャラクターデータコンバートで戻ってくると、部屋の中に香辛料の良い匂いが充満していた。
「あ、おかえりなさい」
それほど広くないキッチンで白河ユイがIHコンロの前に立っている。
この匂いは確認するまでもなくカレーだろう。
問題はなんでカレーを作ってんの? ってことだ。
「ただいま、ユイちゃん! なに作ってるの?」
「カレーです」
「カレー?」
メルは首を傾げる。
日本の国民食とも言えるカレーライスだけど、メルは食べたことがないんだっけか。
「香辛料をふんだんに使った日本の家庭料理……でもないか、伝統料理でもないし、なんだ? カレーってなんなんだ?」
「家庭料理でいいと思いますよ。家ごとに味付けが異なることからも、家庭料理と言えると思いますし」
「まあ、確かに」
で、それをなんで君が作ってるのかって話だよね。
「将を射んと欲すればまず馬を射よ。そして人間万事塞翁が馬です」
「元は肉じゃがだったのか……」
まあ、どっちも好きだけどさ。
「夕食は食べてこられるかとも思いましたけど、もしお腹を空かせて戻ってこられたら、作り置きがあったらお二人のためになるかな、と」
「さっきの将がうんたらがなかったら、とても嬉しい言葉だったんだけどね……」
ただメルの胃袋から攻略しようってだけじゃないの。
「カレーなら明日食べても美味しいですし、私がつまみ食いしてもバレにくいです」
「さっきからわざと言わなくていいことまで言ってるでしょ」
「バレました?」
てへ、と片手をこつんと頭に当てる白河ユイだけど、この子の場合わざとキャラ立てようとしてるだけだからなあ。
「すっごい不思議な匂いだけど、お腹空いちゃうね。どんな味なのかな?」
「メルさんは辛いものが苦手なので甘口です。とは言っても、辛さが控えめという意味で甘いわけではないです」
ステラリアのメンバーは僕のいないところでもメルと交流があるから、そういうことを話す機会があったんだろうね。
ちょっと寂しさも感じるけど、メルが日本でも独り立ちができるようにはしておきたい。
僕の身になにかあったとき、メルが日本に取り残される可能性もあるのだ。
「ご飯は炊いてあるのですぐにでも食べられますよ。食器は紙皿になりますけど」
「そういや食器がないんだった」
家電はあるのに食器がないのは不便っちゃ不便だけど、誰が使ったかわからない置き食器を使うのもなんだし、まあ妥当なんだろうな。
「カレーの時は紙皿も悪くないんですよ。ちゃんとした食器だと洗うのが大変ですが、紙皿だとそのまま捨てられますし」
「キッチンも狭いし、紙食器生活も悪くないか……」
食器を揃えたところで、退去するときに処分するのも面倒だしね。
「おなかすいたー!」
「はい。すぐに用意しますね」
「いや、僕らステラリアのライブ打ち上げに参加するつもりで戻ってきたんだけど、なんでここにいるの?」
「それなら明日になりました。ユウ以外は疲れがとれないとのことで」
「順当にレベル高い組が体力残ってるなあ……」
レベルの恩恵を強く感じてしまう結果だ。
「はーやーくー!」
「はい」
みんなで囲める食卓などはもちろんないので、まずはお腹の空いているメルから食べるという形になる。
これ部屋の広さからして改善しようがないな。
やはり一軒家を買うのを急いだほうがいい。
パーティメンバー全員と、家族が住むと考えると……、あとメルの配信もあるし、二軒か三軒くらい買っておくか? 管理が面倒すぎるな。
「辛っ、でも美味しい! でも辛~い!」
白河ユイに何度も水のおかわりを頼みながら、メルはカレーをもきゅもきゅと食べている。
いつも姿勢のいいメルだけど、食事時だけは崩れがちだよね。
そこが可愛いんだけど!
「ユイちゃん、ちょっとメルの面倒見ててくれる?」
「お任せあれ」
うーん、信用ならないけど、任せるかあ。
僕は部屋の外に出て、マンションの外に出てから電話をかける。
仕事中の時間だけど、父さんはすぐに電話に出た。
『お電話ありがとうございます。すぐに折り返しますので、一旦お電話切らせていただきますね』
「了解」
ぶらぶらとマンション付近を散歩していると五分ほどで父さんから折り返しがかかってきた。
『なかなか刺激的なことになってるみたいだな』
「本当に悪いと思ってる。けどわかってほしい」
『つまりもう時間はない、ということか?』
「国家機関が動き出したんだ。オリヴィアのチャンネルは父さんの名義だから、家のことはもう知られていると思う」
『どうしたらいい?』
「近いうちに新幹線で東京に出てきてほしい。皆の住むところとか、身分とかは僕が用意するから」
『水琴はどうなる? あの子はまだ中学生だ』
「できれば同じ年齢の身分を用意するよ。なにかしらの事情がある身分になるだろうけど」
『わかった。なんとか説得する。連絡は引き続きこの番号でいいのか?』
「いったんこのままで。東京に来たら別の番号とか端末を用意するよ」
『わかった。じゃあ俺はそこまで水琴と母さんを連れて行くから、その後のことは任せたぞ』
「大丈夫。安心してほしい。少なくとも金に困ることはないから」
『それは、なんとも不安になる言葉だな』
「それもそうかも」
金というのは少なくても困るが、ありすぎても困るものだ。
僕はまだ大金を手に入れたばかりだし、入金先で派手に動かしているからなにも言ってこないけど、これ30億とか入金されて僕からの連絡がなかったら、向こうから必死に接触を取ろうとしてきただろうな。
金は夜のライトのように羽虫を集めるのだ。




