第49話 クラスの人気者と話そう
中間テストを終えた教室の中は弛緩した空気が流れている。友だち同士で集まって、これからどうするかを相談している者が多い。カラオケ、ゲーセン、買い物、お楽しみはそれぞれだ。
いじめられっ子だった僕に声をかける者はいない。それに加え、今では檜山たちとケンカしたということまで知られている。僕はクラスメイトたちから距離を置かれている。
「柊くん、ちょっといいかな。僕らのグループでこれからカラオケに行くんだけど、もし良かったら柊くんも参加しない?」
というわけでもないようだ。僕に声をかけてきたのは吉田くん。爽やかなイケメンで、クラスの人気者。彼のグループとはつまりクラスでのトップカーストの面々だ。
「急にどうしたの? 僕でいいの?」
「もちろん。これまで柊くんと話をしたことはほとんどないだろ。これを機会に色々聞いてみたいと思ってね」
僕は別に日本での生活を捨てたわけではない。できれば友だちも欲しいし、もっと充実したいと思っている。吉田くんは友だちになるにはちょっと眩しすぎる存在だが、彼と関わりを持つことは僕にとってプラスに働くだろう。
「僕は音痴だよ。それで良ければ」
「皆が知らない曲ばっかり歌うんじゃなければ大丈夫さ」
駄目なんだ。僕の音楽の趣味はわりとマイナー寄りだと思うんだけど、ここはメジャーな曲を歌う場面なのかな?
僕は同意して、鞄を手に吉田くんに付いていく。
いわゆる吉田グループは、男子3人女子3人の男女混合グループだ。男女に分かれて何かしていることも少なくないが、基本的にはこの6人だと思っていい。
まずは吉田くん。サッカー部の爽やかイケメンで、押しも押されぬクラスの人気者だ。成績も悪くない。天は二物を与えずというけど、それが嘘だと分かる逸材だ。
続いて加藤くん。バスケ部のキャプテンで、頼りがいのあるナイスガイだ。バスケ部らしく身長が高く、僕なんかからすると少し離れていても見上げる感じになる。
それから森本くん。野球部のお調子者。陽気でムードメーカーだ。ちょっとおバカな印象はあるけれど、それでも皆から弄られキャラとして愛されている。
女子は小野さん、永井さん、今村さんの3人だ。名前と顔は一致するのだけど、詳しいことは全然知らない。これまで女子と関わるようなことなんてまったく無かったから。
見た目だけの話をしていいなら、小野さんは清楚、永井さんと今村さんはギャルっぽい。性格はどうなのかは知らないけれど。
「ほら、柊くんを連れてきたぞ。それじゃ行こうか」
僕らは連れ立って学校を後にする。最初はテストの問題がどうだったとか、中間テスト直後らしい話題が続く。しかし学校を出て駅までの道で他の生徒たちとの距離が空いてくると、永井さんが急に僕に話を振ってきた。
「でさ、柊クン、実際のところ檜山たちとやりあってどうだったわけ? 勝ったの?」
「まさか、勝てるわけないよ。特に久瀬くんには手も足も出なかったなあ。他の2人はそれなりにやってやったけど」
「それなりってなんだよー。殴ったの? 蹴ったの?」
「両方かな」
「おおー」
永井さんと今村さんが声を揃えて驚く。
「やるじゃん。柊っち。やっぱり行方不明の間に人生変わるようななにかがあったの?」
「そうそう、それそれ、どうやって生き延びたのかを知りたかったんだよ。ダンジョンのモンスターは死体を残さないだろ。水も食料も無しで1ヶ月、どうやって生きてたんだい?」
「いや、それがね」
僕はもう何度も繰り返した嘘の話をもう一度繰り返す。ミミックに食われて気が付いたら一瞬で1ヶ月後にいたというものだ。もう慣れたものですらすらと舌が回る。
「へぇ、時間跳躍か。面白いな。いや、巻き込まれた柊くんにしちゃたまったもんじゃないだろうけど」
「確かに。勉強が大変だよ。中間テストは赤点だらけだと思う」
「でもそれじゃ柊くんが急にたくましくなった理由にはならないんじゃない?」
小野さんの言葉に僕はヒヤリとする。雰囲気というのならともかく、僕の体は1ヶ月のアーリア生活で明らかに筋肉が付いている。肉体の変容について指摘されると答えられない。
「ミミックに食われて本当に死んだと思ったんだ。そしたら何クソって気持ちになって、それで檜山たちに反抗できたのかもね」
空々しく返答する。
「そういうことにしておこうかしら」
小野さんはそう言って、その話をそれ以上追求してくることはなかった。




