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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第9章 瑞穂の亡霊たち

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第503話 紛れ込む異物

 翌朝、ホテルをチェックアウトした僕らはその足で新宿に向かった。

 歌舞伎町から歌舞伎町の代筆屋の事務所に向けて路地に入ろうとしたところで、メルの手を引いて向きを変える。

 メルも素知らぬ顔で僕に合わせた。


「なんだいまの」


 感じたことのないタイプの気配だった。

 敵意ヘイトとかも混じっていたけれど、そういう個の発する気配ではなく、場そのものが帯びた空気というか、雰囲気のことだ。


 張り詰めた空気という表現があるけれど、まさしくそれだ。

 いまにも糸が切れて、そうしたら惨劇が起きそうな予感がする。


 適当に歌舞伎町の中を歩いて、僕は足を止めずに歌舞伎町の代筆屋に電話をかけた。


「もしもし、なんか異様な空気なんですけど、僕そっちに行って大丈夫です?」


『来なきゃ話にならないだろうが。大丈夫だよ。警察は手出しできない。国際問題になるからな』


「国際問題? つまり正式な外交官が来ているんですか?」


『中国は駐日大使を出してきたぞ。アメリカは主席公使代理が来てる。他にもイギリス、フランス、イタリア、インド、タイ、UAE、ここはサミット会場か? 心配するな。警察はこの場に出入りする人間に簡単に手出しはできない』


「ああ、それでこの空気に」


 警察は僕らに手出しができないけれど、見張っていないはずがない。

 一方で各国の大使館関係者には護衛がついているはずであり、彼らが牽制しあっているのだとすれば、そりゃ空気の乾燥した火薬庫みたいになりますよね。


「わかりました。いまから向かうので、もうちょっと和やかな空気にできませんか? あんまりピリピリしてると僕らもうっかり敵意ヘイトを出してしまうかもしれません」


『努力はするが、期待はするな。俺の胃に穴が空いちゃうよ』


 でもこれだけ話せるんだから、余裕ありそうだよね。


「ではそういうことで」


[聞き耳]スキルの無いメルに状況を説明して、僕らは先ほどは引き返した路地に戻った。

 刺すような気配の中、雑居ビルに足を踏み入れる。

 雑居ビルの周辺にはいくつもの集団があり、それぞれに剣呑な気配を漂わせている。

 おそらくはここに来ている大使館職員の護衛なんだろう。


 階段を上がって二階。

 歌舞伎町の代筆屋の事務所入り口は開け放たれていた。


「お邪魔します」


 そう言って中に入ると、中にいた人々の視線が一斉にこちらを向いた。

 彼らは一斉に破顔して、僕のところにやってくる。


「ヒグチさん、例の魔術は本当に教えてもらえるんですか?」

「他にも魔術はあるんですか?」

「どこでこの情報を?」


 一斉に話しかけられて、僕は困惑する。


「落ち着いてください。質問には答えられません。いまから水を生む魔術、僕が[湧水の魔術]と呼んでいるそれの構成を伝授します。今回はデジタルデータはありません。この場で覚えてください」


 構成は三次元の形状をしているので紙に書き出すということができない。


「午前中とお伝えしたので、12時までは時間を取りますし、人の入れ替わりも認めます。とにかくここで僕は[湧水の魔術]の構成を維持し続けます。なので勝手に覚えていってください」


 そう言い切ると、僕はすぐに[湧水の魔術]の構成を描く。

 発動するほど魔力を込めることはしない。

 一度発動した魔術の構成は、魔術を終わらせると霧散するからだ。

 かと言って、ここで[湧水の魔術]を発動し続けると水浸しになってしまう。


 反応は主に2つに分かれた。

 すぐに僕の構成に注意を向ける者と、電話をかける者だ。


 だいたい半分半分くらいの割合だろうか。

 魔術の構成を伝えられるとわかっていたので、そういう能力に長けた者を送り込んだ国が多かったに違いない。


 その中にひとり、異彩を混じった女性がいた。

 行動が、ではない。彼女は構成に注意を向けた側の一人だ。

 ただその服装が、佇まいが、他のこの場の人間とは決定的に異なる。


 まずカジュアルな服装である。

 町を歩く女性が普段着として着ている、そんな服装。

 他の公使たちが国の威信をかけて、高級そうなスーツで来ているのとは明らかに毛色が異なる。


 そして物腰は穏やかでも、鋭い気配を放つ公使たちとは違い、彼女は本当に紛れ込んだ一般人という雰囲気しかしない。


 その手から水が零れ落ちる。

[湧水の魔術]を完成させたのだ。早い。


「わぁ」


 彼女はそんな風に驚きをあらわにすると[湧水の魔術]を霧散させた。

 そうなんだよね。湧水の魔術は手のひらから水が生成されるため、器などに生成するようにしないと、手が濡れてしまうのだ。


「ごめんなさい。手汗で床を濡らしてしまいました」


 いや、手汗ではない水量だったよ!


 おそらくこの場にいる全員が心の中で突っ込んだと思う。


 自分が[湧水の魔術]の習得に至ったのを隠したいのだろうかと思ったけど、どうやらそうではない。


 ハンカチで手を拭いながら彼女は僕に問うた。


「あの、それでこれはどういう集まりなのでしょうか?」


「知らずにここに来たんですか?」


 驚いて僕は言う。

 そりゃこの場に現れた全員に[湧水の魔術]を伝授するとは言ったけど、まさか一般人が紛れ込んでくるとは思ってもみなかった。


「ここにくれば魔術の譲渡が行われることは知っていました。ですが、それがどういう集まりで、どういう目的なのかまではさっぱりで」


 僕は構成を維持したまま、頭を掻いた。

 説明するべきだろうか。必要だろう。

 本当であればこの場には各国の工作員ばかりが現れるはずで、彼らはなんらかの協定を結ぶに違いなかった。

 なぜならせっかく独占できた[湧水の魔術]をどこかの国が勝手に公開したりしたら、得られる可能性のあった大きな利益を失う。

[湧水の魔術]を一定期間にせよ、非公開とすること。

 それは共通した決定だったはずだ。


 しかし彼女はどうやら一般人だ。

 そのような協定が存在していない。

 安易に構成を公表する恐れがある。


 公使たちが彼女を鋭い目で見ている。

 どう扱うかで迷っている。


 もちろん殺害も視野に入っている。

[湧水の魔術]によって発生する経済的、政治的な力の前には人一人の命など軽い。


「あなたはこの魔術を一般向けに公開する意思がありますか?」


「これはとても重要な魔術ですよね。多くの人を救える魔術だと思います。これ、綺麗な水が出てきてましたよね。つまり泥水しか飲用水が無いような地域でも、この魔術さえ覚えたら飲用水に困らなくなる」


 とても正しい論理だ。倫理的にも正しい。

[湧水の魔術]は多くの人を救うだろう。そして多くの人を破滅させるだろう。

 この魔術が一般化すれば、いま現在、飲用水の確保のために浄水場やインフラ整備のために働く人々が不要になってしまう。

 アーリアがそうであるように、飲み水とは自分で確保する時代がやってくる。


「質問に答えてください。この魔術を一般に向けて公開する意図はありますか?」


「そうするべきなのでは? 私がこの場に導かれたことといい、このような術が存在することといい、すべては主のお導きのようですから」


 妙な言い回しが心に引っかかった。


「失礼ながらあなたは何者ですか?」


「そうですね。申し遅れました。私はヒミコと申します」


 おっととんでもない名前が出てきたな。

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