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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第498話 祭りのあと

 都合三回のアンコールが終わり、今度こそ本当に終了となったのに、観客はなかなか席から立ち上がろうとはしなかった。


 余韻が、余熱が、残響が、観客の足をここに引きとめている。最高の非日常が終わったことを否定したい。

 本来、この叫びを聞き届けるのがアンコールの役割なんだろうけど、最近は予定調和になっちゃったからね。

 観客は自分でちゃんと終わらせるしかない。自分の中で区切りをつけないと日常に帰れない。


 でもいいんじゃないか? 今日くらいは。

 日常に帰らなくてもいいんじゃないか?


 心の一部を奪われたまま、今日は眠りについていい。


 それだけの力があった。


 観客を魅了してやまないもの。


 念のためメルに確認したのだけど、橘メイがスキルを使っている気配はないという。


 じゃあなんなんだよ。あいつは。


 過去の事例から考えると、これだけの力を持つなにかがあれば、それに相当するスキルを習得してしかるべきだ。

 それがない、ということは橘メイが起こしている一連の魅了は、スキル[魅了]とは別枠の扱いになっているということだ。


 あるいはスキルの発動を意図的に抑えている可能性もあるけれど、本気を出す宣言の後にスキルを使わない理由がない。


 ついにあきらめた観客が席を立ち始めた。

 というか、劇場内が明るくなったら帰れってことだよ。

 みんなわかっているけど、受け入れられなかったのだ。


 僕は観客が出口に向かっていくのを確認して舞台袖から退出した。


 控え室にみんなをねぎらいに行きたい気持ちもあるけど、着替えをしている可能性がある。

 そして気を遣ってノックをしようとすると、なにかのトラブルで室内に突入することになるのだ。知ってる。

 賢い僕は危うきに近寄らない。

 控え室へはメルが行ったから大丈夫でしょ。

 大丈夫か?


「なんとか無事に終わりましたね」


「一時はどうなることかと思いましたが」


 自衛隊の隊長さんは苦笑をにじませる。

 そうだよね。テロを警戒していても、警護対象が大爆発するとは思わないよね。


「ですが、まだ終わりではないと考えています。ライブが成功したからこそ、報復の可能性がありますから」


「これ、成功って言っていいんですかね?」


「私は専門家ではありませんから、あくまで外部の感想になりますが」


 隊長さんはそう前置きする。


「すごいものを見た。そう感じています。一流のオーケストラが演奏するクラシックにも引けを取らない力がありました。エンターテイメントとしての方向性は真逆でしたが、観客の心をわしづかみにしたのは間違いありません」


 テロを警戒していた彼らは誰よりも観客の反応を観察していただろう。その上で出てきた感想がこれならきっと上出来だったに違いない。


「この後の予定はどうなりましたか? 朝は未定ということでしたが」


「打ち上げができるほど体力残ってないでしょうね。みんなタクシーかなにかで自宅へ送り届けられると思いますよ」


「ではこちらで車を用意しましょうか。我々としてもそのほうがありがたい」


「社長と相談してそういうことになればお願いします」


 自衛隊が直接護衛してくれるというのであれば心強い。


 隊長さんと別れた僕はいったん外の空気を吸いに裏口から会場の外に出た。


「な、なんじゃこりゃあああ」


 聞き覚えのある叫び声に、裏口からちょっと離れた物陰を確認すると咲良社長がスマホを片手に、もう片手で頭をぐしゃぐしゃにしている。


「お疲れさまです。咲良社長。なにかありましたか?」


「ヒロくん、お疲れさま。本当にお疲れさま。あーっと、ネットニュースでね……」


 咲良社長は言葉を途切れさせる。


 また、またなにか悪い記事が載ったのだろうか?


「『【朗報】処女膜から出る声が判明する。』って記事が動画付きでめちゃくちゃバズっとる……」


 あまりにもヒドいその文字列に僕は天を仰いでから、自分のスマホでも確認した。


 うわあ、確かにトレンドに入ってるなあ。


 音は消して動画をさっと確認すると、橘メイが観客にぶち切れているところを誰かが撮影していたらしい。

 まあ、あの状況で撮るなっていうのも難しい。いや、撮るなよ。ライブ中だぞ。


 SNSでもものすごい勢いで拡散されているようだ。関連ポストが秒単位で増えていく。


――俺はずっと信じてたぞ

――橘メイを振ったのは実は俺なんだ

――清楚な声だなあ(なお言葉遣い)

――橘メイには俺の背に乗る資格をやろう

――信じられるのは橘メイだけ


 本物のユニコーンが混じってるなあ。


「まあ、はからずも疑惑は解消したと言っていいんじゃないでしょうか? アイドルも恋する宣言はブリギットのブランドイメージを損ねるかもしれませんが」


「ステラリアはファンを認知しないタイプのアイドルだからね……」


 ファンとの交流がほとんどないステラリアのメンバーが恋をするとすればファンではない。ゆえに橘メイのアイドルだって恋をする宣言は今後のブランド展開においてわりと問題だ。


 どうやら人は『自分のものにならないのであれば、せめて誰のものにもならないでくれ』と考える人が結構な割合でいるらしい。


 幸せならオーケーです、の精神でいたい。

 いや、やっぱりメルを幸せにするのは僕でありたい。そこは譲りたくない。


「ちょっと手伝ってもらうくらいのつもりだったのにね。こうなるとは思ってなかったわ」


「僕もどんなお仕事かちょっと見せてもらう、くらいのつもりでしたね」


 僕らは苦笑し合う。

 咲良社長と出会って、まだ二週間くらいなのだ。信じられないけど、本当なんだよね。


「寂しくなるわね」


 消灯したスマホの画面を見つめたまま、咲良社長が言う。


「寂しく?」


「良くも悪くも二人は今のステラリアには欠かせない存在、みたいに思っちゃうけど、明日には奈良に帰るんだもんね。あ、新幹線の席は取ってあるから安心して」


「そうだった! 咲良社長、それキャンセルしてください。今すぐ。もったいないので!」


「え? え?」


 完全に忘れていたけど、僕らはこのライブが終わるまでの約束で東京に滞在しているんだった。

 いや、明日以降も予定がいっぱいだよ!


「東京でやることがあまりにも残っているんです。奈良に帰っている暇はありません」


「そうは言うけど、学校があるでしょ?」


「休みます。場合によっては辞めます。いまの僕は学歴に価値を感じないので」


「それは……」


 咲良社長は言葉を詰まらせる。

 きっと常識的な言葉が出てきそうになって、僕たちがどういう存在かを思い出したのだろう。

 世界と世界をつなぐことのできる僕にしかできないことはあまりにも多い。


 自分の中で折り合いがついたのか咲良社長は長くため息をついた。


「ヒロくんのご両親に会いにいかないといけないわね。約束を破ってしまったのだし……」


 咲良社長は全然悪くないのだけど、母さんと約束をしたわけで、謝罪しなければ気が済まないんだろう。


「咲良社長も両親の説得を手伝ってくれるのならありがたいです」


 いくら成人済みの戸籍を買ったとは言っても、両親からすれば僕は未成年の子どもだ。

 東京における保護者みたいな役割を咲良社長が形だけでも担ってくれたら助かる。


 まあ、すぐに両親も戸籍から切り離して別の戸籍に異動してもらわないと危ないんだけどね。


「手土産はなにがいいのかしら。やっぱり長く円満に続くようにバウムクーヘンとか?」


 スマホでなにかを検索しながら咲良社長は言った。


「結婚の挨拶に行くわけではないです」

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