第495話 【メルシア】はその戦いを目撃する
Bメロが終わったのに鳴海カノンは下がらない。
このままサビまで歌う気だ。
「やるじゃん」
舞台袖で私は思わず呟いた。
隣でひーくんは息を飲んでいる。
こうなるとは思ってなかったみたい。
私にとっては想定の範囲。
だけどかなりの上振れだ。
カノンちゃんはみんなと歌う道に逃げると思っていた。
みんなで仲良く、それって甘えだよね。
ステラリアとして輝きたいというのもわかる。
わかるけど、現状はすでにそういう場ではない。
メイちゃんが事前の演出をぶち壊し、バトルに持ち込んだ時点で、アンカーはこうするのが正解だ。
だから当然、他のメンバーは鳴海カノンがそのままサビを歌うことを許さない。
曲がサビに入るそのときに、他のステラリアの子たちは一斉に前に出た。
その姿からは、一番目立つのは自分だ!!!!
という声が聞こえてくるようだ。
そうだよ。
それでいい。
みんなで仲良く、なんて甘いことを言っていてトップが取れるはずがない。
他のアイドルを押しのけて、ステラリアが一番に輝きたいのであれば、それぞれが一番のアイドルを目指さなければ始まらない。
彼女たちは実際に押しのけ合うわけではないけれど、一番美しくサビを歌えるのは自分だ! と言わんばかりに歌い上げる。
正直に言うと、歌唱としてのレベルはリハーサルのほうが高かった。
けれど今は“魂”が乗っている。
その歌声は心を揺さぶる。
メイちゃんが引っ張ってきて、みんながどんどん圧力を詰め込んだ観客という風船は、いまにも破裂してしまいそう。
そうだ。
破裂させろ。
そのまま内圧を高め続けて、大爆発させるんだ!
そして客席にひとつ、光が灯った。
ペンライトの光。
ほんの小さな爆発。
暗闇に光が灯った。
ただそれだけ。
だけどそれは連鎖する。
ぱぱぱと客席に光が灯っていく。
誰もが手にしたそれのことを思い出す。
まだ歓声はない。
だけど客席に光の波が生まれていく。
誰もが我先にペンライトを掲げた。
あっという間に光の洪水が会場を満たした。
いま観客たちの感情が裏返った!
疑念と不安でいっぱいだった暗いこころが、あまりにも強い光に照らされて、目が眩んだ。それまで苦しかった分だけ、ステラリアの子たちが引っ張り上げたその高さへの急上昇でおかしくなる。
たった一曲、それだけのパフォーマンスで彼女たちは成し遂げたのだ。
観客を狂わせた。
ありとあらゆることがどうでもいい。
いま目の前で繰り広げられている“それ”のほうがいい、と思わせた。
まさしく夢中だ。
観客を夢の中に叩き込んだのだ。
これって戦闘と似てるよね。
機を見たら絶対に逃すな。
そこに全力を叩き込め。
ステージは命の奪い合いではないけど、彼女たちはそれくらいの覚悟で臨んでいる。
「どうしてこんな……」
ひーくんはまだ現実が受け入れられないようだ。
そうだよね。
ひーくんは変なところで常識的で理性的だからそう思っちゃうんだ。
『絶対に完成度を上げたほうがいいはずなのに』
ってところでしょ。
だけど人の心はそうじゃない。
そうじゃないんだよ。
理屈じゃないところで心は動く。
これまでの人生すべてを、そしてこれからの人生さえも燃やすような、そんな激烈な燃焼は、決して美しくはない。完成された美からはかけ離れているだろう。
それどころか、見てよ。全力で歌う彼女たちの顔を。
画像で切り取ればきっと醜くさえある。
そこまですることにこそ、人は心を動かされるのだ。
ライブは美術館で上品に鑑賞する芸術じゃないんだ。
演者が観客の心をわしづかみにして、ぐっちゃぐちゃにして、食べちゃうような、あれ、私、さっきも言ったよね。これは戦闘と似ている。
ただし演者が観客と戦っているわけじゃない。
演者と観客は共闘しているのだ。
退屈な日常という強大な敵と、最高の非日常という武器を手に戦うのだ。
肩を並べて、呼吸を合わせ、背中を預ける。
きっとひーくんは観客を敵だと思っていたよね。
ねじふせ、倒すべき敵だと。
そういう側面もあったと思うよ。
でも漫画だとよくあるじゃん。
さっきまで死闘を繰り広げていた敵が、いきなり現れたより強大な邪悪を前に、仲間となって共闘するとかさ。
だからこれはよくある戦いのお話。
アイドルがつまらない日常を張り倒す物語だ。




