第492話 【九重ユラ】はどうでもよくはない
小鳥遊ユウが踊っている。
それを見ていると、どくん、どくん、と、胸の奥が熱い。
メイが本気を出せばすごいことはしっていた。
だけどユウもこんなにすごいなんてしらなかった。
でも、わたしは思うのだ。
なにをそんなにがんばっているの? って。
ひとは死ぬ。
いなくなる。
消えてなくなるんだ。すべて。
なのに、どうしてこんなにがんばれるんだろう?
みんなのしていることは、そんなに意味のあることじゃないよ。
きっとすぐにいなくなるし、わすれられる。
なのに、どうしてこんなに胸が熱いの?
教えてママ。
教えてパパ。
だけどママもパパもいないから、もうずっといないから。
べつにどうでもいいかなって。
「ユラ!」
汗だくになったユウがわたしに向かって手をあげる。
つられて手をあげると、パァンと手が叩かれた。
そっと背を押されて、わたしはつまずくようにステージの一番前に立った。
最初に思ったのは、あれ、思ったよりお客さんの顔が見えないな、って。
ペンライトの光と、眩しいライトで、お客さんの顔まではよくわからない。
前のライブのときもこうだったっけ?
どうでもいいからよく覚えていない。
ただ、ここに立ったなら、やらなきゃいけないことがある。
それは咲良との約束。
おかしと寝るところをくれる代わりに、わたしはアイドルをすると約束した。
アイドルというのがよくわからなかったので、なんだか好きにしていたら、それでいいみたいだったので、そうしていた。
でも、今回はそれじゃダメみたい。
メイが見せてくれたすごいものを。
ユウが見せてくれたすごいものを。
わたしも見せなきゃいけないみたい。
そういう流れだってことはわかる。
でもね、わたしには、なにもないんだ。
メイみたいにかがやく力も、
ユウみたいにつきさす力も、
わたしにはないから。
だから、『借りる』ね。
咲良ママ、ありがとね。
本当はわたしひとりでも平気なんだ。
アイドルなんてやらなくても、ひとりで生きていけるんだ。
あのときわたしをかばって、咲良ママはなぐられたけど、
本当はわたしひとりでも勝てたんだ。
わたしはこころの中にあるスイッチを入れる。
空っぽのわたしを、橘メイでいっぱいにする。
だれにもおしえていないこと。
わたしはわたしの知っているだれにでもなれる。
だから、本気を出した橘メイにだってなれるんだよ。
スキル[模倣]がうごきだす。
これはまねをするスキルだけど、動きをまねるとかじゃない。
そのひとそのものをまねするんだ。
そのひとならどうするかをまねするんだ。
だからいまここに本物の橘メイがいたって、わたしとおんなじことをするよ。
お客さんたちをゆびさして、ぐるっとマルをかく。
ぜんぶのお客さんを輪に入れる。
わたしはその輪の中心に投げキッスする。
ねぇねぇ、わたしってかわいいでしょ。
言葉ではなく、からだでそう伝える。
スキル[模倣]のいちばんすごいところは、橘メイがわたしならどうするかと、かんがえられることだ。
ただのまねじゃなくて、橘メイの考えそうなことがまねできる。
だからつまずいて、ころびかけるふりをする。
ステージから落ちそうなふりをする。
あがるどよめきと、わたしがコケてなくてほっとした声。
お客さんをハラハラドキドキさせっぱなしにするのが、橘メイの考える、わたしのすべきいちばんのやりかた。
あぶなっかしくステージの上を走って、しっぱいしながらいっぱいいっぱいアピールする。
きっとわかる人にはわかるよね。
わかってほしい。
わたしは一度も音を外してはいない。
練習してきたこの曲のおどりは、もうどうでもいい。
メイも、ユウも好きにしてたし、わたしだって好きにする。
だからわたしはお客さんのことはぜんぶわすれて、ママとパパのために踊るよ。
いなくなってしまったママとパパに見せるために、いちばんになってみせる。
咲良、ありがとう。
ママの代わりになってくれて。
ヒロ、ありがとう。
パパになろうとしてくれて。
でもやっぱりわたしは本当のママとパパがいいんだ。
リヴちゃんが言ってたみたいに、わたしも信じていいかな。
どこかでママもパパも生きているって。
どこかでわたしをおうえんしてくれているって。
わたしはここにいるよ!
ちょっとズルをしているけれど、橘メイの光を借りて、わたしはせかいのすみずみにまで届けるんだ。
わたしのひかりよ、とどいて。
――せかいのはてまで。




