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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第489話 【橘メイ】の覚醒

挿絵(By みてみん)


 会場を満たすテンポの速い重低音のリズムが体を叩く。

 薄暗い奈落の底で、私は自分の胸を軽く押さえた。

 早鐘のように打つ鼓動は、体を打つ重低音よりずっと速い。


 ライブが始まる直前のこの時間が私は嫌いだ。


 始まってしまえば、もう走るしかないから考えている余裕なんてどこにもない。


 だけどいまはいろいろ考えるだけの時間がある。


 考えるって一番無駄な時間だよ。

 大事なのはどう感じるかのほうだ。


 だけど奈落で音だけを聞いているいまは考えるくらいしかすることがない。


 暗記したはずの台本はもう頭からトんでいる。


 大丈夫だ。

 係の人が合図したら足元がぐわーっと上がって、私はステージに打ち上げられる。それだけわかっていたら大丈夫。


 不意に音が止み、静寂が辺りを満たす。突然音が消えると、耳には音の名残が残る。これを残響というらしい。

 わんわんと鳴る残響が消えてなくなった頃に、わっと歓声があがった。


 予定通りならカノンが登場したところ。

 歓声が思っていたより少ない感じがする。

 ここが奈落だからか、それとも本当に歓声が少ないのか。


 誰か教えて。


 だけどインカムはついてないから、スタッフさんたちと連絡も取れない。


 誰か脳内に直接語りかけてきてよ!


 ついでに会場内の映像も送って。


 ユラの登場タイミング。

 なんか拍手が上がってるんだけど、今度はなにやったのあの子。

 あんまり変な雰囲気にはしないでほしい。


 続いてユイの番。

 どよめき。そうだよね。ユイは雰囲気が変わった。近寄りがたさがなくなった。なんだか声をかけても許されそうって感じ。きっと笑みを浮かべてアリーナを歩いてくるのだろう。


 そしてユウ。

 女性客の黄色い悲鳴があがる。相変わらず身長は低いんだけど、ユウは存在感がぐっと増した。自信が身についたというか、本当に王子様みたいだ。ショタ王子様から、ショタが抜けた感じがする。


 目の前のスタッフさんがカウントを始める。

 私は衝撃に備えて膝を折り、指先を床につける。


 3、2、1――。


 カウントゼロと同時に、私の乗った床が加速度をつけながら上昇し、私は光の奔流に打ち出される。

 とびっきりの笑顔を作って、空中で体を伸ばして両手を上げる。


 ステージ左右のキャノン砲からメタルテープ片が大量に撃ち出されて、キラキラと輝きの舞う中、私は最高の登場をして、華麗に着地する。


 絶叫のような歓声を期待していたけど、普通くらいの歓声に留まった。


 体張ってんだから、もうちょいあってもいいでしょ!


 だけどそんな不満を隠して、イントロの始まった一曲目に集中する。


 私が完璧なのは当然として、他の皆も悪くない。

 リハよりも出来が良い。

 ちゃんと集中できている証拠だ。


 ノリに身を任せるんじゃなくて、練習通り。

 計算通りのパフォーマンスを型どおりにきっちりこなせている。


 音程は絶対に外さない。

 リズムは絶対に間違えない。

 合わせるのは動きじゃなくて、拍だ。

 動きが止まる瞬間が揃っていると、もっとも一体感を演出できる。

 ってくるみ先生が言っていた。癪だけど、オリヴィアもね。


 映像を見せられて、納得したから私たちはそうするように練習して、その通りにできている。


 プラス、オリヴィア直伝の観客へのアピール。


 私は両手を大きく振って叩いて、観客にも手拍子を求める。


 観客は一体感で盛り上がるものだ。

 観客ではなく、参加者としてライブに巻き込むのだ。


 手拍子は――、鳴らない。


 ゼロというわけではないけれど、観客のほとんどは乗ってこない。

 わずかに手拍子をしてくれた観客も、周りの空気に飲まれて手を止めてしまう。


 異様な空気だ。

 客席はいっぱいなのに、熱気を感じられない。

 いつもなら感じない視線が私を冷たく刺すようだった。


 私たちはノリに乗っている。

 パフォーマンスは完璧だ。

 なのに観客へとその熱が伝わらない。


 まるで分厚いガラスで遮られているようだ。


 動揺を押し隠して、私は冷静に、練習通りにパフォーマンスを続ける。


 曲が終わり、MCへ。

 台本通りに進める。

 この空気に飲まれたのか、九重ユラでさえボケなかった。


 次は観客にレスポンスを求めるところだ。

 客席に呼びかけて、歓声を張り上げてもらうところ。


 ダメだ。歓声が上がらなければ一気に空気は白ける。滑る。

 私は本能的に最悪の転落を回避する。


「それじゃ続いて行くよー!」


 コールアンドレスポンスをカットして、次の曲を始めさせる。


 アップテンポな曲なのに、観客はまるで映画館にいるかのように行儀がいい。


 私たちは練習してきた通りの、完璧なものを提供しているのに!


 私はイライラしてきた。


 オリヴィアに言われた通りに、ステラリア全体を良くするようにやっているし、やれている。いまステラリアは過去一のパフォーマンスを見せつけているはずだ。


 なのに――!


 悪いのは私たちではない。


――お前らが歓声をあげないというのなら!


 悪いのはお前らだぞ!


――私たちでは盛り上がれないというのなら!


 なら!


 もうお前らの歓声などいらない!


 息を飲ませてやる!

 言葉を出なくさせてやる!

 呼吸できなくさせてやる!


 見せつけてやる! 私を!


 私は意識のスイッチを変える。

 いいや、ぶっ壊す。


 観客と一緒に盛り上がるお祭りスタイルをぶっ壊して――、征くぞ。


 観客を、スタッフを、ステラリアを、会場全部、私が飲み込んでやる。


 演劇スタイル? 違う!


 魅せてやる。

 橘メイスタイルだッ!

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