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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第488話 引き絞られた弦のように

挿絵(By みてみん)


 会場内に戻ると入場の準備がほぼ完了していた。

 あれだけ慌ただしく走り回っていたスタッフたちがいまは所定の位置について身じろぎひとつせず、ライブ直前のあの張り詰めた空気が会場内を満たしている。


『ここからはトランシーバーの電源を落としてください。インカムのみに切り替えます』


 それを最後にトランシーバーは沈黙した。

 僕もトランシーバーの電源を落とす。

 ここからはインカムの共通回線のみだ。


『音、乗せます。3、2……』


 スピーカーに電圧がかかる独特のノイズがあって、重低音のリズムが流れ出す。

 会場自体が音と呼ばれる振動を生み出すスピーカーとなる。

 その中にいる僕らはもう音の一部だ。


 鼓動よりも速いビートが心拍数を押し上げる。

 振動に揺らされて、体は自然とビートを刻む。


『オンタイムで進行します。ゲート担当者は予定通り入場者全員の本人確認と手荷物検査を行ってください。入場開始は18時です。残り7分15秒』


 このライブは全席指定で入場開始時間に余裕を持たせてあるので、本人確認と手荷物検査を全ての観客に行っても時間に問題はない。

 トラブルが連発すれば話は別だが、今日は筋肉モリモリの自衛隊特殊部隊員が検査場の近くで目を光らせている。

 トラブルが起きたとしてもすぐに解決するはずだ。

 なぜなら筋肉は一番簡単な問題解決手段だからだ。


 空気感を再確認しようと入場ゲートを確かめたが、先頭付近で並んでいるようなファンは好意的なようだ。

 本人確認や手荷物検査にも快く応じてくれている。

 彼らは不安を滲ませているが、基本的には味方だと考えていいと思う。


 観客たちはホール内に入ると三々五々に散っていく。

 指定の座席を探しに行ったのだ。


 入場が穏便に始まったことを確認した僕は、会場内をもう一度見て回る。

 配電盤に細工がされていないかもチェックした。ほら、前科があるからね。僕に。


 一通り最終確認を終える。

 最後に控え室に向かう途中で咲良社長に捕まった。


「どう?」


「入りに問題は今のところありません。ですが、やっぱりあんまりいい空気じゃないですね。かといって雰囲気が悪いからとファンを追い出すわけにもいきませんし」


「正念場ね」


「うまく切り抜けられたらステラリアは躍進すると僕は思います。それだけの実力を身につけてきた。今のステラリアの実力はトップアイドルに引けを取るものではありません」


「そうね。じゃあそれを伝えてあげて。きっとあの子たちにはその方が効くと思うわ」


 咲良社長は僕の肩を叩いて、足早にどこかへと行ってしまう。

 あの感じだと、この前みたいに変な呼び出しがかかっているわけではないようだ。


 僕は懸念のひとつが晴れたと信じて、ステラリアの控え室の扉を叩いた。


「みんな、いまいい? ヒロだけど」


「着替えは終わってるから大丈夫ですよ」


「どうしてユイが答えるわけ?」


 かしましさに苦笑しながら、僕は扉を開ける。


 そこは戦場だった。

 確かに着替えは終わっているが、ステラリアのメンバーはそれぞれ鏡台の前でメイクとセットを受けている。

 人間がアイドルへと作り替えられている現場だ。

 その空気に僕が飲まれていると、メルがやってきて、僕の脇腹を小突いた。


 なにかを言え、ということなんだろう。


「今日のリハは僕から見たら完璧だった。百点満点だ。だから本番では二百点を見せてほしい。君たちならできる。凍りついた観客の心を溶かして、沸騰させるんだ」


「「はい!」」


 全員の返事ではない。メイクでそれどころじゃなかったりするしね。


 だけど彼女たちはいい感じに集中できている。やや緊張の度合いが強いが、それがより深い集中へとつながっている。

 決して悪いことだけではない。


 そもそもがたかがライブなのだ。

 別に解散がかかっているわけでも、誰かの命を取られるわけでもない。

 損失が出たって僕が補填する。

 なにも緊張する必要はない。


 だけどそれは僕から見た場合の話であって、彼女たちからすれば全然違う。


 これはステラリアの一周年記念ライブで、これまでブレイクできなかった彼女たちが得られた最大の機会で、ここで失敗すれば事務所からの信用を失う恐れがある。

 この規模の舞台にはもう二度と立てないかもしれない。


 実際、咲良社長もひとつの契機だと考えているに違いない。

 だからこそ僕らが呼ばれたのだ。

 ステラリアが変われるかどうかに賭けなければいけなかった。


 ブリギットは株式会社ではないけれど、だからこそその経営に咲良社長は無限の責任を負っている。ブリギットの負債はそのまま彼女の負債となるのだ。

 いつまでもブレイクできないアイドルグループを抱えてはいられない。


 彼女たちもそういう空気を感じ取っているのだ。


「僕は君たちを見守っている。なにがあっても僕が近くにいる。いいかい。どうしようもなくなったら、僕がステージに飛びだしてきちゃうぞ」


 冗談めかして言ったのだけど、なんか鳴海カノンと白河ユイあたりが妙に考え込んだ。


「後生だから、わざとなにかやるのはやめてね」


 本当にやめてね。お願いします。

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