第486話 すぐに『わからせ』される橘メイ
当然のことだけど、リハーサルは本番とは異なる。
アリーナ席の設営はまだ始まったばかりで、観客がいるわけでもない。
場内はもちろん、ステージ上もスタッフが準備に走り回っている。
そんな中でリハーサルは始まった。
ステラリアのメンバーもステージ衣装ではなく、練習着で台本を片手にステージへの入場からチェックを行う。
メイクもセットもしていない素の姿で、スタッフたちと相談しながら、本番の形を作り上げていく。
僕とメルはアリーナの中央あたりでその様子を眺めていた。
一応、手元にはトランシーバーがあって気が付いたことは共有することになっている。
スポットライトがステージ袖の右側を照らす。
本番では場内の照明が落とされているのだろうけれど、今は明るい場内でスポットライトはややそこを照らしている程度だ。
そこから姿を現したのは鳴海カノン。
両手を振りながら、目一杯観客にアピールする動作でステージ上中央に向かっていく。
元気いっぱいな鳴海カノンのパフォーマンスは開幕にぴったりだ。
スポットライトがステージ袖の左側に切り替わる。
九重ユラが手を振りながら現れる。いや、手を振っているというより、群衆をかきわけるパントマイムだろうか。見えない人にぶつかったりしながら、やや苦労している感じでステージ中央に辿り着く。
いや、うまいな。パントマイム。ぶつかった相手が本当にいるみたいだった。
台本にはそんなこと書いてなかったけどね。
スポットライトは右手前、アリーナの中に切り替わる。
アリーナ席の間から白河ユイが進み出る。
背筋を伸ばし、あまりにも美しい所作でステージへとあがる。
まるで観客などいないかのようだ。いまは実際にいないんだけど。
続いてスポットライトは左手前へ、アリーナから小鳥遊ユウが現れる。
胸元で手を振る仕草は、いかにも偉い人って感じがする。左右の客席にアピールしながら、小鳥遊ユウもステージへあがる。
あの辺に女性客がいたら大変なことになりそう。
そしてスポットライトがステージ中央を照らして、そこから飛び出すように現れたのが橘メイだ。
ってか、床から一メートルくらい飛び上がっている。
台本を見たときから思ってたけど、あぶなくない? その登場。
すたっとヒーロー着地を決めてるけど、それアイドルの登場の仕方じゃないんだよなあ。
そして一曲目。
ポップでキャッチーなステラリアの代表曲が流れ出す。
それに合わせてステラリアは踊り出す。
完璧に一致とはいかないけれど、これまでよりはずっといい。
「うん、いいね」
メルも太鼓判を押す。
なんだろう。ズレはある。ズレはあるんだけど、最終的に心地いいから別にいいか。
という感じだ。
むしろそのズレさえも演出なのでは? という気にさせてくれる。
歌い出しもなめらかに、九重ユラがボケることもなく曲が終わり、MCへ。
「みんなー! こんばんはー!」
まるで満席の客席に呼びかけるように橘メイが声を張る。
すらすらと口上を述べて、それぞれの自己紹介をすませた。
「アリーナのみんな! これから二時間分の元気はあるー!?」
「二階席はー!?」
「三階席、声張り上げろー!」
レスポンスのないコールをあげて、次の曲へ。
「なんだろう。思ってたよりずっと良くなってるね」
「ひーくんは何日か見てないからね。ユウくんのレベルがあがったのと、メイちゃんが調整役に努めてるからだよ。もちろんそれ以外の三人も良くなってるんだけど」
確かに小鳥遊ユウの動きは格段によくなった。基礎値は低くなかったはずだから、レベルによる補正値もかなり大きくかかっているはずだ。
橘メイは以前のような危ういまでの輝きではなく、うまく皆を盛り上げている。
後の三人についても言語化してみようと僕は試みた。
「ユイちゃんは硬さが取れたよね。動きが柔らかくなった。前のキビキビした感じを残したまま、すごく女の子らしくなってる」
「そうだね。まあ、ひーくんのおかげだけど」
「カノンちゃんは空元気って感じだったのが、心から元気な感じになった。見てるだけで元気づけられそうな感じがする」
「そうだね。まあ、ひーくんのおかげだけど」
「ユラちゃんは真面目にやればできる子だと思ってたけど、ここまでとは驚いた。十歳だって事実を忘れそうになる」
「そうだね。まあ、ひーくんのおかげだけど」
「なんか全部僕が関係してる?」
「そうだね。まあ、ひーくんのせいだよね」
僕のおかげなら、なんで脇腹をつねられてるんですかね?
「橘メイが緊張しなくなったのは、メルがなにかしたの?」
「ん~、立場というものを思い知らせたからかな?」
言い方怖ッ!
「冗談だよ。でもひーくんの恋人は私だよってのはわからせた」
すぐに「わからせ」される橘メイだ。
「夫婦ってのは飲み込めないみたいだから、恋人ってことにしたけど、それはいいよね?」
「円満に済むならそれでいいよ」
「その上で、奪えるなら奪ってみれば? 宇宙一可愛いんでしょ? って煽っておいたの」
「なにやってんの!?」
僕は思わず声をあげる。
「いまやる気を無くされたら困るから、仕方なしにだよ」
「それはまあ、そうなんだけど」
その結果がヒーロー着地なんだろうか?
もう一回ちゃんとアイドルというものをわからせたほうがいいのでは?




