第483話 わずかな可能性を押し広げる
なんかこの数日意識が混濁してて投稿忘れていました。本日何話かまとめて投稿されておりますのでお気をつけください。
九重ユラは僕の膝の上で体を揺らしながら、台本を読み上げる。
棒読みになりがちな台本読みなのに、自然に聞こえるのは才能なんだろう。
この子にはなにかを演じる才能があり、その一方で強烈な個性がある。
親代わりになりたいと願う男の、親馬鹿になりたいという思い込みかもしれないけれど、僕がそう信じたっていいだろ?
九重ユラにとっては咲良社長と一緒にいるための契約として始まったアイドル活動だ。
そして彼女にはアイドルとしてやりたいことや、なりたいものがあるわけではないと思う。
ただ望まれたからそうしているだけ。
だけどいつか彼女にはこの道の先でなにかを得てほしい。
無邪気に台本を読み上げる九重ユラを見て心からそう思う。
だからね、これにはなんの邪心もないんだよ。
成人女性に見える十歳児を膝に乗せてその感触を楽しんでいたわけでは決してない。
「それはいいとして、ユイちゃんもひーくんの膝に乗っているのはどういうことなのかな?」
ニコニコと笑みを浮かべながら、控え室に現れたメルは問う。
どうして腕をぐるぐる回してるんですかね。
知ってるかい、メル。
君が本気を出せば、僕は一撃で死ぬ。
「なんというか、うまく口車に乗せられてしまって……」
「うまく膝に乗せられてしまいまして」
白河ユイ、メルのレベルを知らないとはいえ、あまりにも命知らずな!
メルははっきりと敵意を僕らに向けているんだけど、白河ユイのレベルではまだそれに気づけないようだ。
僕はちびりそうです。
「オリヴィア、今日のところは勘弁してほしい。明日、あ、あの、明日ヴィーシャさんに一緒に会いに行ってほしいんだけど……」
「この流れで追加要求するんだ」
だっていましか言うタイミングなさそうだったんだもん。
「明後日以降に必ず埋め合わせはするから!」
「普通はライブが終わったらすぐに、だよね」
「そこをなんとか」
僕は拝み倒すことしかできない。
「その格好で言われても説得力がないよ」
僕は慌てて二人に膝から降りるように促す。
「ユイちゃん、おりて! ユラちゃんも、ちょっとオリヴィアと話があるからユイちゃんと遊んでてね」
「あまりにも態度が違いませんか? 私は昨晩のことをうっかり口にしてもいいんですよ」
白河ユイ! 地雷原の全力疾走を止めるんだ!
メルが僕にビッと指を三本突きつける。
「それは?」
「おしおきポイントだよ」
わぁ、僕、なんだかそれ知ってるな。
五本になったら発動して、理不尽になかなか減らないヤツでしょ。
「そうだ。スイーツバイキングに行こう。東京ならもっとすごいところがあるに違いない。ちゃんと下調べしておくから」
メルの指は非情にも四本になる。
「なんで増えたの!?」
「甘いもので私が釣れると思っているその心根がよくない。それはそれとしてちゃんと調べておいてね」
行くには行くんだ……。
だとしたら理不尽すぎない?
「ショッピングに――」
メルの五本目の指が上がりかけたのを見て、僕は慌てて修正する。
「明日、アーリアで聖女ギルドに行こう。僕らのことを報告して、寄付をするんだ」
「私たちのなにを?」
「僕らが結ばれたこと。君が僕の鍵を受け取ったことを、ちゃんとメルの大切な人たちに伝えに行こう」
メルの手が完全に開かれて、僕は死を覚悟したのだけど、メルは両手を広げて僕の胸に飛び込んできた。
僕はその体を抱きしめる。
「僕が女性として愛しているのは君だけだよ」
「ちゃんと言って」
メルは僕の胸に顔を埋めたままで言う。
ステラリアの子たちに別に隠しておく必要もないか。
「メル、僕はメルシアを愛してる。これは偽りでも、間違いでもない。僕はメルがいい。メルじゃなきゃ嫌だ」
「もう一回言って」
「メル、好きだ。愛している。僕にはメルがいればそれでいい」
腕の中でふにゃふにゃとメルの体は溶けていく。
勝った。完全勝利です。
「それでヴィーシャちゃんとはなんの話なの?」
「彼女を嫁にもらわなきゃいけないかもしれない」
メルのゼロ距離リバーブローが炸裂し、僕は悶絶する。
勝ったと思って油断してたときって一番危ないよね。
僕は膝を折って、その場に崩れ落ちつつ、なんとかメルに弁明を試みる。
「必要なことなんだ。そうしないとヴィーシャさんに危険が及ぶ可能性もある」
「ひーくんの毒牙が迫るんだよね」
「エインフィル伯にとってヴィーシャさんの存在が不都合になる可能性があるんだ。貴族に目をつけられたら平民は終わりだ。大商会の娘とは言っても、彼女は平民だ。彼女を守るためには鏡を卸している僕がヴィクトル商会とつながる必要がある」
「難しい話はわかんないけど、ひーくんがヴィーシャちゃんと結婚したいだけじゃないの?」
「便宜上、妻にするかもしれないけど、手は出さないよ。アーリアを離れた後に、どこかで自分の恋を見つけてほしいと思ってる」
「約束できる?」
「君への愛にかけて」
床に膝をついたまま、僕は誓いの言葉を口にする。
「途中からしか話を聞いていませんが、つまり私もヒロくんの嫁になれると聞いてきました」
鳴海カノン!? いつの間に控え室に!
あとそんなことは一ミリも言ってないよ。




