第476話 世間に指をさされているからこそ
僕の強がりを咲良社長は見抜いただろうか。
自分では完璧な仮面を身に着けたつもりだ。
だけど僕はまだまだ未熟で、咲良社長はこの世界の百戦錬磨である。
「明日のライブは出てこられる?」
「はい。でもリハに関わってこなかった僕になにができますか?」
「見守ってくれるだけでいい。あの子たちにとって、それが一番大事なの。あなたが見ていてくれればそれだけで戦える。会場へは何時くらいに? 関係者パスを渡さなきゃいけないから。お友だちの分もね」
ぞろぞろと自衛隊の人たちを引き連れて会場入りかあ。
体格的にものすごく見劣りするだろうな。
なんか比べられてしまう気がして卑屈な気持ちがポコポコと底のほうで泡を立てる。
「何時くらいが都合いいですか?」
「早ければ早いほどいいわね。警備をしてくれるというお友だちと打ち合わせもしたいし」
はは、と僕は乾いた笑いを返す。
そのお友だちって自衛隊の特殊部隊なんですよね。
ある意味、日本で一番頼もしいお友だちではある。
「社長は何時に会場入りされるんですか?」
「そうね、8時までには到着してるかしら」
「なら関係者パスの用意もあるでしょうし9時頃に会場に入ります。えっと、正面から入ればいいんですか?」
「それで大丈夫なように話を通しておくわ」
「助かります」
なにせ東京ドームシティホールというところに行ったことすらない。
スマホで調べてみるとホテルより神楽坂で借りてる部屋が圧倒的に近いな。家具・光熱費込みだし、今日の夜はこっちでいいか。
ホテルに残してある荷物も神楽坂に移してしまいたいな。
「そういや社長が借りてくれているホテルはいつまででしたっけ?」
「明後日、31日の朝までね。10時チェックアウトだから」
メルはホテルに帰ってるだろうなあ。
あの子、部屋の掃除とか一切しないし。
まあ神楽坂の部屋は白河ユイが掃除してくれるそうなので、ホテルから移動した後も心配はしていない。
むしろ白河ユイのいる生活が当たり前になりそうなのが怖い。
でもまあ、彼女の境遇を考えたらもうしばらくの間は、誰かと強制的にでも繋がりを持つべきだと思う。
孤独感からまた動物を相手に[調教]スキルを使い始めたら大変なんてものではない。
白河ユイは僕と同じで根が真面目でコミュニケーションが苦手なタイプだから、メルみたいにずぼらでコミュニケーションが得意な人から積極的に関わってもらうほうがいいのだ。
「ライブの後はホテルに帰って、明後日チェックアウトして神楽坂に荷物を運ぶ感じかな」
「9月から新学期でしょう? どうするの?」
「高校は義務教育ではありませんから」
僕は肩を竦める。
日本で義務教育なのは中学までだ。
でも多くの自治体で高校の学費を支援する制度があるため、中学生のほぼ99%が高校へと進学する。
だから忘れられがちだが、別に中学を卒業した時点で就職をしたっていい。
未成年者であるため、親の同意が必要だけど、正社員にだってなれるのだ。
「でも将来を考えたら高校くらいは卒業しておいた方がいいわよ」
「その将来ってなんですか?」
僕は問う。
「それは就職とか、結婚とかのときに。人と関わるときに高校中退が最終学歴ってことになるのよ?」
「とにかく今はそんな些細なことに使う時間はありません。何年かは留年できるでしょうし、タイミングの合うときに高卒認定試験を受けますよ。その後は通信制ですかね。暇を見て卒業できるように単位を取得する予定です」
「ちゃんと考えているのならいいけど……」
「あはは、咲良ちゃんがお母さんみたいなことを言ってる」
ママさんがカラカラと笑う。
「一応一児の母ですからね」
咲良社長はそう言ってからハッとスマホを確認した。
そしてため息をつく。
「はぁ、本当に母親失格ね。やけ酒飲んで娘を放置とか」
「ユラちゃんですか? どうなってます?」
まあ、小鳥遊ユウがなんとかしてくれているとは思うが。
今の彼女なら九重ユラを抱き上げるくらい簡単だ。
「ユウには本当に頭が上がらないわね。もう寝てるらしいけれど、帰るわ」
「そうですね」
いくら見た目が大人びているとは言っても九重ユラは十歳で、しかも精神的に良い状態とは言えない。
彼女に自立を促すのはいくらなんでも早すぎる。まだ大人たちが彼女を守らなければならない。
「ヒロくん、オリヴィアさんは知っているの?」
「最初のひとりについては。今日のこともちゃんと話すつもりです。今日はもう寝ちゃってると思いますが」
アーリア人の夜は早い。
ここのところ僕が夜更かしさせてしまっていたから、今日はもう自分の部屋で寝ていると思う。明日はライブ当日だし、僕も変なことをしたりはしないよ。
「オリヴィアさんは出演するわけじゃないから大丈夫だとは思うけれど、ライブが終わってからにしたほうがいいかもね」
「そうですね。まずは明日のライブです。大成功させるのは難しいでしょうが、せめてうまく着地させたいですね」
「あなたたちが来てからステラリアは変わったわ。この逆境をはねかえせたらきっとブレイクする。炎上によって世間の注目が集まっている今こそチャンスなのよ」
咲良社長の言う通りだ。
最悪なのは誰にも知られないことで、それならまだ悪評でも世間に広く知れ渡るほうがいい。
ステラリアの知名度はアイドル業界で多少知られているという程度でしかなかった。世間の一般層にまで浸透していたわけではない。
だが一連の騒動でいま世間の目はステラリアに向いている。
まさに明日のライブが正念場というわけだ。
ここで最高のパフォーマンスを見せつけて、世間の評価を逆転させるのだ。




