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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第465話 月は優しい夜の女王

 18時20分、会見場の席はほぼ埋まった。


 世間は魔術の話題一色で、芸能ニュースは脇においやられているが、それを担当する人員が異動までしたわけではない。

 テレビのように時間に枠のあるメディアならともかく、Webメディアでは発信を続けなければ収入が得られない。芸能に限れば今回の咲良社長の醜聞はとても大きな話題だ。

 当然、人は集まってくる。


 僕は部屋の隅、記者たちの斜め後ろに陣取っている。ここからなら記者たちを監視できるし、咲良社長も僕を見つけられるだろう。


 会見場内はざわめきが広がっている。あまり好意的な感じではない。

 火事を見に来た野次馬のようだと思った。

 それぞれの会話を個別に拾ったりはしないが、無責任な言葉があふれている。


 僕は歯を食いしばった。

 こんなのは序の口なのだ。


 定刻になり、見知らぬ男性が入ってきて、壇上の袖でマイクのスイッチを入れた。


「皆さま、本日はご多忙のところご来場いただきありがとうございます。本日の進行を務めます、朱田でございます。ブリギットの依頼でここに立っておりますが、関係者ではありませんので、ご承知ください。外部司会として公平、中立に進行いたします」


 ああ、あれが咲良社長が呼んでいた朱田さんなのか。

 プロ司会者みたいな人なのかな?

 堂々としていて、発言に淀みがない。


「本日は、当社に向けられたいわゆる一連の発信に関し、事実関係および対応方針についてご説明するための会見でございます。まずは、関係各位ならびにファンの皆さま、取引先の皆さまにご心配をおかけしておりますことをお詫び申し上げます」


 それから朱田さんは今日の進行と取材ルールについて説明を行った。


 この後、登壇者が入場すること。代表者からの説明があり、事実関係と対応方針について社内調査を担当した社員が説明する。その後、質疑応答がある。


 ルールとしては、許可された時のみフラッシュが可能であり、それ以外の時間のフラッシュは禁止であること。

 現在の位置から三脚や一脚は移動させないこと。

 立ち上がっての撮影や、移動しながらの撮影は禁止。

 あらゆるライブ配信、つまりテレビ局の生放送も含めて、これを禁止する。


「お手元の資料は代表コメントの全文と、事実関係の概要、当社の対応方針となります。会見終了後に、当社公式サイトに掲載を行います。追補がある場合は同ページでお知らせします。また個別の取材依頼は資料末尾の広報窓口へご連絡ください」


 朱田さんは一拍置いた。


「以上、ルールのご案内でした。これより登壇者が入場いたしますが、入場時の移動撮影、フラッシュはお控えください。着席後に30秒の撮影時間を設け、その後ただちに代表からのご説明に移ります」


 朱田さんが袖に合図をする。


「それでは登壇者の入場です」


 扉が開き、東雲ひなが姿を現す。

 目を奪われるような美しさがあった。月のような静謐さがあった。手の届かない柔らかい光を幻視した。

 彼女は楚々と壇上へと上がった。常森さんもその後ろに付いていたが、誰もが東雲ひなに目を奪われた。


 画像では、映像では知っていただろう。

 だが直接見る東雲ひなはまったくの別だ。

 さっきミーティングルームで会った僕ですら、息が止まりそうだった。


 同じメイクで、同じセットで、同じ服装で、これほど人の印象が変わるのか。

 服装はシンプルな白いドレスに青いカーディガンで特筆すべきところはない。


 いま彼女を月の女神たらしめているのは、その姿勢、表情、動きというすべてを総合して人が受ける『印象』だ。

 シャッター音が遅れて鳴り響く。カメラマンたちも一瞬シャッターを切るのを忘れたのだ。


 すべては計算の上だとわかっているのに、そう思えない。

 まるで彼女の人格まで現れているようだ。

 いつもの陽気な咲良社長も、傷ついて涙する咲良社長も知っている。

 だけどいまここにいる東雲ひなはそれらとは一切関係がないように思えてしまう。


 東雲ひなは中央にあるマイクの前に立った。

 少し離れて常森さんが並んで立つ。


「撮影時間を30秒設けます。どうぞ」


 朱田さんが言うなり暴力的なまでのフラッシュが音とともに瞬いた。光の狂乱の中で東雲ひなと常森さんは深々と頭を下げる。咲良社長のときとは違う、ふわっと広がった髪が垂れ下がった。

 じっと10秒ほどそうしていただろうか。

 2人は顔を上げる。

 きゅっと唇を結び真正面を見つめ、フラッシュの眩しさに耐えている。


「以上です。フラッシュの使用をお控えください」


 朱田さんがそう言って数秒、ようやくフラッシュが止まる。


 東雲ひなたちは着席し、マイクのスイッチを入れた。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 口調までいつもとは違った。

 ゆっくりと語られるその声音は、まるで体に染み込むように響く。


「まず、当社および私個人に関する一連の報道や投稿により、ファンの皆さま、所属タレント、保護者さま、取引先、そして関係するすべての方々にご心配とご不快な思いをおかけしておりますことを、心よりお詫び申し上げます」


 そう言って、東雲ひなはもう一度立ち上がり、頭を深々と下げた。

 シャッター音の鳴り響く中、着席した東雲ひなは壇上に置かれた原稿を手に取った。


「本日の説明は、現時点で確認できている確定事実に基づき行います。個人のプライバシーに関わる事項が含まれるため、具体的な個人名や識別につながる情報の開示は控えさせていただきます」

「それでは本件疑惑についての当社の見解ですが、いわゆる『枕営業』と称される、性的関係を対価とした利益供与、便宜供与、またはそれを会社として指示・黙認する行為は、当社において一切行われておりません。当社は設立以来、ハラスメントの禁止、利益相反の申告、外部関係者との接触ルール等を就業規則と教育で明示し、違反を許さない運用を継続しています」

「一方で報道にある『私と複数のメディア関係者との肉体関係』については、私的な交際があった事実を認めます。ただしそれらは私生活上の関係であり、業務上の優遇を得る目的や、当時所属していた組織・関係者に対する不当な働きかけはありませんでした。本件が、現在の所属タレントや同僚にまで疑惑や誹謗中傷を波及させている現状を、大変遺憾に受け止めています」


 記者たちがざわついた。

 東雲ひなが枕営業疑惑について公的に発言したのは初めてで、複数の相手と性的関係にあったと認めたのも初めてのことだ。

 枕営業自体は否定しているものの、性に奔放であったということは認めたことになる。


「私は芸能活動を引退後、心身の安全確保と私生活の切り分けのため本名で法人登記を行い、当社『ブリギット』を設立、運営してまいりました。匿名性を装う意図や、過去の経歴を隠す目的はありません。本日の会見をもって、旧芸名との関係性についても改めて明確化いたします」

「一方で当社では、所属タレントがいかなる『誘惑』や不当要求にも応じないよう、契約・研修・窓口体制を整備しています。具体的には、対価性を伴う私的接触の禁止、深夜帯・外部接触の事前申請と帯同ルール、外部ホットラインを含む通報窓口、通報者の保護、定期的なハラスメント研修と外部監査を実施しています。現時点で、当社が所属タレントに『枕営業』をさせているとの事実は確認されておりません」

「社内調査だけでは不十分とし、風評の沈静化だけを目的とすることなく、第三者の有識者を含む外部調査を実施し、運用実態を点検します。事実関係に新たな確認があれば、速やかに追ってご報告します」


 東雲ひなは原稿を読み上げ続ける。

 読み上げていると感じないのは間の取り方がうまいからだろう。


「誹謗中傷や二次被害の防止についてのお願いがございます。事実無根の断定的表現、個人の特定や連想を促す投稿、所属タレント、ご家族、スタッフへの直接的な攻撃は、二次被害を生みます。良識あるご配慮をお願いするとともに、悪質な事案については、関係各所と連携し法的措置を含む適切な対応を行います」

「私自身の過去の私生活が、いま目の前の若い才能たちの努力に影を落としていることを、重く受け止めています。所属タレントの安全と尊厳の確保、透明性のある運営、そして皆さまへの丁寧な説明責任を、ここにお約束いたします。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」


 東雲ひなは立ち上がり三度、頭を下げる。

 禁止されているにもかかわらずフラッシュが瞬いた。


 東雲ひなが着席すると、朱田さんが進行する。


「続きまして、社内調査を担当した常森よりもう一点について説明をしていただきます」


 そうだ。これは東雲ひなの枕営業についての記者会見だが、当然もうひとつの疑惑についても追及される。だから先手を打っておくにこしたことはない。


 つまり僕が橘メイをホテルに連れ込んだ件について。

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