第45話 合鍵を作ろう
翌朝、日が出るより早く目覚めた僕は運動靴を履いてジョギングに出かける。家族は皆まだ寝ているみたいなので声はかけない。
全力ダッシュで息が切れるまで走って、軽く流すということを繰り返す。もちろん交差点では左右を見る。この時間だとまだ点滅信号のところが多いからだ。
2時間ほど走って家に帰ると車が無くなっていた。両親は予定通りゴルフに出かけたようだ。家の鍵を開けて風呂場でシャワーを浴びる。トーストと卵、ハムを焼いて朝ご飯にした。
部屋に戻って教科書を開く。一応、先生方から現在授業がどこまで進んでいるかは教えてもらった。最後に受けた授業の記憶から続きをやってもいいのだけど、僕はこれまでの授業をちゃんと身に付けたとは言えない。各教科とも、教科書の最初から向き直る。
上がった知力の分だけ理解は早くなる。これが知力38の世界。まあまだ高校2年生の平均値には追いついていないのだけど、これはダンジョンでレベルの上がっている生徒も含めた平均値だから、レベルの上がっていない生徒の平均くらいには達しているのではないだろうか。
ちなみに現在のステータスはこんな感じだ。
レベル 4
体力 43/194
魔力 65/135
筋力 38(38)
耐久 34(34)
知力 38(38)
抵抗 24(24)
器用 33(33)
敏捷 30(30)
技能 キャラクターデータコンバート 異界言語理解
称号 異界到達
抵抗以外は30を越え、知力以外は平均値を超えた。レベルの恩恵もあるが、アーリアで過ごした1ヶ月間で体が鍛えられたということだろう。今後も継続して努力しなければ、あっという間にこれらの数値は下がってしまうに違いない。
よく考えてみたら今の僕はゴブリンと一対一でも戦える。小回復魔術を使いながらという前提で勝てる。これって檜山たちともステータスが拮抗しているということではないだろうか?
いや、よく考えてみなくとも学校のトイレで檜山たちとケンカした時に勝ち筋が一瞬見えた。久瀬に筋力で敵わないことが分かっていれば対処のしようもあったはずだ。別にあいつらに勝ちたいわけではないが、自分が強くなったと実感できるのは良いことだ。モチベーションになる。
なんだか筋トレしたくなってきたな。いやいや、今は勉強の時間だ。
午前中いっぱいを勉強して過ごす。お腹が空いてきたので家の中を一通り確認したが、水琴も出かけたようで家にいない。念のために家の鍵を掛けて、靴を手に取った。自室に戻って、キャラクターデータコンバートを使う。
アーリアの自分の部屋にやってきた僕は、早速職人街のほうに向かう。メルの仕事姿を今のうちに目に収めておくため……、ではなく、合鍵を作ってもらうためだ。
不動産屋のお婆さんから教えてもらった鍛冶屋で、不動産屋のお婆さんから紹介してもらったと言うと話はスムーズに始まった。そう言えばお婆さんの名前聞いてないな。まあ、不動産屋のお婆さんで通じたので問題ないか。
「それで材質と装飾はどうするんだ? 予算から逆算してもいいぞ」
「材質と、装飾? 普通に鉄とかで装飾なんて要らないですけど」
「ナニ言ってんだ。そんなのじゃ上手く行かないぞ。女に渡すんだろ?」
「それは確かにそうですけど」
なんで女の子に渡すって分かるんだろう?
「カーッ! 分かってねぇな。見た感じここらの出身じゃないから当然か。いいか、成功率は材質と装飾で決まるンだ。鍵に掛ける金は女の価値だぞ。若いんだから余裕が無いのは分かるが、こういう時はありったけの金を突っ込むモンだ」
「んん?」
なんか話が食い違っているような気がしてきたぞ。
「合鍵の話ですよね?」
「そうだ。女に渡す鍵の話だ」
間違ってはいないんだけど、どこかが決定的に間違っている気がする。
「女性に渡すのは間違いないんですけど、そこ大事ですか?」
「ハァ!? そこが一番大事だろ。合鍵を渡すほど大事な女なんだろ?」
「はい。まあ、大切な仲間ですけど」
「仲間ァ!? 恋人じゃなくて?」
「恋人!? 違いますよ! メルは大切な仲間ですけど、恋人じゃないです」
「……なンだ。そういうことか。つまんねぇ仕事だな」
「いや、なんかケチを付けられるような要素ありました?」
「本当にヨソ者か。いいか、ここらじゃ求婚するときに豪華な鍵を贈るのが慣わしなんだ。オリハルコンで細工の美しい鍵を渡してみろ。その気の無かった女でも1発でオチるぞ。どうだ? その気にならないか?」
「いや、逆に勘違いされたら困りますよ!」
というかオリハルコンなんてあるんだ。ミスリルとかもあるのかな?
「なんだ。それほど大した女じゃないんだな」
「ああ!? 今なんて言ったよ。メルはすっごくいい子なんだぞ!」
「だったらその女の良さに見合うだけの鍵を贈るべきだろ?」
「くっ!」
僕はリュックサックを漁るが、持っているのは銀貨25枚と銅貨12枚だった。こんなもんではメルの良さはこの男には伝わらない。
「また来るからな! 首を洗って待ってろ!」
威勢良く吐き捨てて僕は鍛冶屋を後にした。




