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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第455話 君の価格を教えて

 ぽたぽたと落ちるしずくに僕は戸惑う。

 ヴィーシャさんはもっと強い女だと、僕は勝手に思い込んでいた。


 初めて会ったときに叩きのめされたからかもしれない。

 レベルとは関係ない戦闘技量を持っている強者だと感じていたからかもしれない。


 でも彼女は僕が思っていたよりずっと普通の女の子だった。


「あ~あ、泣かせた」


 ベクルトさんに言われて僕の戸惑いは増す。


「あ、あの、ごめんなさい。そんなつもりでは……」


 ヴィーシャさんは俯いたまま動かない。ただ肩を震わせて涙をこぼしている。


 女の子の涙を前になにもできない僕にベクルトさんが追撃してくる。


「俺は言ったよな。ヴィーシャは幼いころは体が弱かった。これまで負債を抱えて生きてきたんだよ。生きるだけで親に迷惑をかけてきた。そんな子がどうして親に嫌と言える? たとえどんな風に感じていたとしても、だ。そもそもお前さん、ヴィーシャが親から婚約を押しつけられたと思ってやしないか?」


「え?」


 違うのか?

 彼女は明確に必要以上の戦闘力を身に付けているし、それを伸ばし続けている。

 商会の夫人として生きるなら不要な能力だ。

 それは彼女の内なる望みを表していると僕は思っていた。


「ヴィーシャを見初めたのは三男のほうだってことだ。領主からのお願いに、領主から許可を受けて営業している商会が否と言えるか?」


 あ、そんなの言えるわけないか。


 そう思ったから、ベクルトさんの続く言葉に、僕は心臓を掴まれたようになった。


「言ったんだよなあ。この子の親はそういう人たちなんだ」


 僕は息を呑む。


 領主は領民に対して生殺与奪の権利を持っている。その要請を断るのは自殺志願のようなものだ。

 少なくともヴィクトル商会の鉱物を商いにする権利はエインフィル伯爵から与えられているもので、伯爵はそれをいつでも奪うことができるはずだ。


 だけどヴィーシャさんの親はそれでも娘のために否を突き付けた。


「じゃあ……」


「受け入れたのはヴィーシャ自身だ。親への負い目があったとは言え、この子は自分の意思で婚約を受け入れた。他人の心に勝手に踏み込んで、ぐちゃぐちゃにかき乱してんじゃねぇよ」


 違う。僕はヴィーシャさんのためを思って……。


 思ったからと言って、あんな露悪的な、傷つける言い方をする必要があったか?


「……師匠せんせい、人のことを勝手にべらべらと話さないでください。師匠せんせいだって聞く価値があるかもしれないと思ったから止めなかったんでしょ」


「そらまあ、そうだが」


 ヴィーシャさんは涙を拭かない。

 ぽろぽろと涙をこぼしたまま顔を上げて、キッと僕を睨みつけた。


「あなたはヴィクトル商会にエインフィル伯爵以上の利益を与えられるの?」


 敵意ヘイトこそ発生していないけど、明確に嫌いな相手を見る顔でヴィーシャさんはそう言った。

 軽蔑されたな。仕方がないけど。


 別にヴィーシャさんに好かれようと思っていたわけではない。

 最終的にヴィクトル商会に繋いでもらえればそれでよかった。

 挑発的な物言いをしたのは、それが最適だと思ったからだ。結果的にヴィーシャさんを必要以上に傷つけてしまったけれど、それでも僕は魔銀を手に入れなければならない。


 魔銀を使うのが結界装置の技術的再現に一番間違いない方法だからだ。


 僕は門下生たちが訓練に集中していることを確認し、二人にしか聞こえないように声量を落とした。

 ベクルト剣術道場は戦士職の人たちが自分を鍛える場として広まっているから、斥候系の、例えば[聞き耳]のようなスキルを持つ人がいる可能性は低い。


「僕には……、僕の知る鏡の製法を明け渡す用意があります」


「「――!」」


 僕の言葉に今度はヴィーシャさんとベクルトさんが息を呑んだ。


 鏡の販売による利益は僕のアーリアにおける収益の柱だ。

 月間では何千枚もの金貨を生み出している鏡の製法を伝えるということは、その利益がそのままとはいかずともヴィクトル商会に流れ込むことを意味している。


「で、でもエインフィル伯爵を敵に回すほどでは……」


「そうですか? なら別に違う貴族にすり寄ってもいいのでは? あるいはルリュール王家であるとか。言っておきますが、うまく作れたら僕が卸してきた鏡よりずっと美しいものが作れますよ。あなた方が抱える職人の腕次第ですけどね」


「あ、あ……」


 ヴィーシャさんは絶句する。

 僕はエインフィル伯爵で利益が足りないのであれば、逆らえと唆しているのだ。


 でもさすがにそれはできないよね。

 ヴィクトル商会が抱える従業員の数と生活を考えたら、夜逃げなんて考えられない。

 ここまでの会話でヴィーシャさんが従業員に対して誠実な考えを持っていることはわかった。


 でも本当にヴィーシャさんの婚約にこの契約を超えるような価値があるかな?


 ヴィーシャさんが真っ当に価値を計算できる女の子であれば、ちゃんと答えが出るはずだ。


 ちなみに僕にはわからない。

 ルリュール王国どころか、アーリアの経済的状況も把握していないからだ。


 だけど分は悪くないと思う。

 少なくともヴィーシャさんの市場価値よりは高いはずだ。


 僕は結局こういう人間なのだと認めるしかない。


「……魔銀はどれだけ必要なの?」


「そうですね、とりあえずは、えっと、一般的なインゴットの大きさがわからないので具体的な数は示せませんが、僕が単独で運べるギリギリくらいの量をください。重さでも大きさでもいいので」


 どちらを閾値としても実験用の結界装置を作るには足りるはずだ。


 そこまで言って僕は自分の言葉が足りなかったことに気付く。


「あ、勘違いさせていたら申し訳ないのですが、魔銀の取引にはちゃんと正当な額を支払います。鏡の製法はヴィクトル商会に繋いでもらうヴィーシャさんへの報酬として、その自由を買う、つまり婚約破棄のために支払う用意をしていたものです」


 それを聞いたヴィーシャさんの足から力が抜けて、へたりとその場に座り込んでしまう。


「それは製法をヴィクトル商会が独占、ということ?」


「この近辺で僕以外にあの精度の鏡が持ち込まれていないのだとすれば、そうなりますね」


 この世界のどこかではガラスミラーがすでに製造されているかもしれないけれど、アーリアというか、ルリュール王国にはまだ届いていないはずだ。

 僕が他に製法を漏らさなければヴィクトル商会が独占できる。


「……期間は、いえ、判断ができないわ。私では答えられない」


「それはつまり?」


「……お父様の判断を仰ぐわ。くっ、これじゃ結局こいつの言いなりに。悔しい」


 唇をキュッと一文字いちもんじに結んでヴィーシャさんは悔しさに体を震わせながら言った。

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