第43話 酒場に行こう
メルの働く酒場は職人街の近くの表通りに面した店だった。まだ日が暮れていないというのに、早々に仕事を切り上げたらしい職人たちで賑わっているのが外からでも分かる。
「ちょっと行ってくるね!」
メルはそう言って店の横にある路地に入っていく。裏口があるのだろう。
僕はどうしたもんかと思って、その路地の出口辺りで立ち尽くすことにした。
そう言えばこうして一所に留まってアーリアの町行く人をじっくりと眺めるのは初めてのことかも知れない。アーリアはファンタジーものでよくある獣人やエルフのような人の近似種も入り乱れた多人種国家というわけではないようだ。
町を歩く人は僕から見れば欧米人のような見た目の人々だ。そのこともあってか、僕のようなアジア人は存外に目立つようだ。道行く人々からの興味深げな視線を感じる。
見るつもりが、見られることになって、僕は路地の中に逃げ込んだ。ちょうど店の裏口からメルが出てくるところだった。
「あっ、ひーくん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「そう? ならいいけど。7日後と8日後だったよね。8日後が休みだったよ」
僕はスマホを取り出してカレンダーを確認した。日本は今日が10月16日、8日後は24日の日曜日ということになる。
「わ、光ってる。分かった。日本のなんかすごいヤツだ」
それじゃほとんど何も分かっていないのと同じな気がするが、メルは得意げだ。
「こっちは今日は何日になるの?」
「オクタルの16日みたいだね」
こっちの1ヶ月は26日だそうだから、あと10日で月が変わる。
一応、こちらの日付をカレンダーにメモっておく。
「みたいってアバウトだなあ」
「そんなもんだよ。宿屋とか、お店には今日が何日か記す道具が置いてあるから、それを見て月が変わったか知る感じ」
「そうなんだ。じゃあオクタルの24日にまた砂糖を買ってくるから気を付けておいて。迎えに行くから宿屋で待っててくれる? その日に合鍵を作ってもらってそれを渡すよ」
「分かったよ。それじゃその日までは部屋の様子は見に行かなくていい感じ?」
「鍵が無いからね。まあ別に毎日見に来て欲しいってわけでもないし、今回は大丈夫」
「うん。分かった。それじゃ次は24日だね」
「僕は部屋に戻って日本に戻るけど、メルはどうする?」
「ひーくんは日本で晩ご飯食べるんだよね? 私は食べて帰るよ」
「それじゃ今日はここまで、かな。付き合ってくれてありがとう」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。これからの稼ぎも本当に半分ずつでいいの?」
「メルにはダンジョンで魔物狩りを手伝ってもらうつもりだからね。メルが良ければ、だけど」
「悪いわけないよ。むしろ好条件過ぎてびっくりしちゃうくらい。えっと、よろしくお願いします」
「そんなに畏まらないでよ。メルは僕の命の恩人なんだから、対等でお願いするよ」
「うん! これからもよろしくね、ひーくん!」
そうして僕らは手を振って別れた。




