第443話 人を浚う
歌舞伎町の代筆屋、彼は裏社会の人間向けに各種の書類を用意、あるいは偽造したり、戸籍の売買を行う非合法の仕事をしている。
その代筆屋の扉には看板も何も掲げておらず、こんこんここんと扉を叩くことで初めて代筆屋は応対するというシステムだ。
元々知っているか、誰かから聞いていないと代筆屋と言葉を交わすこともできない。
僕と代筆屋は顔を見合わせた。
「お前の客か?」
代筆屋の言葉に僕は首を横に振る。
「早すぎますよ。まだ14時にもなってないんです。別口の客じゃないですか?」
僕がそう言うと代筆屋は奥のデスクのところにいってディスプレイの前のマウスをカチカチと動かした。
ディスプレイには一人のスーツ姿の男性が、斜め上からの画角で映っている。
監視カメラがあったんだ。まったく気付かなかったな。
「知らない顔だ。一人に見えるが、目線からして監視カメラの外側にもう何人かいる」
「こんなに早くて、代筆屋さんが顔を知らないとなると内調ですかね?」
警察だと人を連れてくるのに手続きが面倒そうだ。というか、そもそも警察が同行と言ってここに連れてくるのも、本来はダメだろうけど。
「にしたって早いが……。とりあえず出るからバックアップを頼む。ドアを開けようとしたら窓から突入されるかもしれん」
SATが動いている心配をしてるのかな?
表から見えるところで大々的なことをやったら、後始末が大変そう。
「窓の外にそういう気配はないですが、警戒はしておきます」
僕は立ち上がり、戦闘態勢に入る。
気配探知スキルは窓側にはまったく反応してないから、心配はなさそう。
代筆屋は部屋の扉に向かった。チェーンをかけたままで扉を開ける。
「はいはい。どちらさん?」
「着火の魔術というものを売ってくれると聞きましてね。お代はこちらに連れてきてあります」
「お、おい、なんだこれは。どういうことだ」
明らかに狼狽した声が廊下側から聞こえてくる。
嘘の事情を吹き込まれ、それを信じてついてきたのだろう。
愚かにも。のこのこと。
「なるほど。開けるんで中へどうぞ」
代筆屋は扉を一回閉じてチェーンを外すと、扉を開いた。
「お前さんの客らしいぞ」
どうやら窓からの突入はないらしい。
僕は警戒を解いて、入ってくる客たちを確認した。
先頭は黒いスーツ姿の男性だ。30歳から40歳くらい? かなり戦闘慣れしていると感じる。レベルも20くらいはあるのではないだろうか。
その後ろに拘束こそされていないものの、いかにも連れてこられましたという感じの男。
よく知っている。
前回のライブ二日目、咲良社長とホテルのバーで会話をしていた男。
確かテレビ局のプロデューサーだったか。
僕は思わず唇の端が持ち上がる。
可能性はあると思っていた。
だけど現実になると、なんと痛快なのだろうか。
さらにその後ろに二人。先頭の人と同じような雰囲気のスーツ姿の男性がいる。
「どうぞ、そちらの席に。席が足りなくてすみません」
「おかまいなく。私たちは立ってますので」
後ろにいた黒スーツ二人はそう言って、手を後ろで組んで休めの姿勢をとった。学校で体育の時間とかでやらされるやつだけど、全然休めてないよね。
「俺はこっちに下がってるから好きにやってくれ」
代筆屋はそう言って奥のパソコンデスクに座る。
僕は代筆屋がいつも座っている席に座って、誰とも知らない彼らに相対した。
僕はまずもっとも大切な質問をする。
「この男性で間違いありませんか?」
「状況証拠は揃っています。例の記事を書くように依頼したメールも確保しています。通話履歴も。通話内容はいま手に入れようとしているところです。まず間違いないと思います」
「確定でなくては困ります」
そう言ってから、僕は椅子には座ったものの、未だ訳がわからないという様子の男を見る。
「ブリギット社長の過去を暴くような記事を書かせて社長と所属タレントを貶めたのはあなたですか?」
すると男はピンと来たようだ。
「ははあ、あの性悪女の関係者か。さては誑しこまれたか。あの女、あっちの具合だけは抜群だからな。それで? なにができる。記事の内容に嘘はないぞ。事実をベースに推測はあるがな」
状況がわかっていないのか、男はスラスラと自供してくる。
これ状況証拠いる?
「たとえ事実だとしても名誉毀損は成立します」
「そうかもな。だが記事にしたのは私ではない。情報は提供したがね。私を罪に問うことはできないはずだ」
「ではお認めになると。あの記事を書いた誰かに情報を流したのは自分だと」
「それがどうした!? 早く解放したまえ。これは拉致監禁だぞ」
そうだね。
「ついでに聞きますが、明日発売される週刊火曜。これに載るステラリア関連の記事にもあなたが関係していますか?」
「当たり前だ! あの売女、性悪女め。散々世話をしてやったというのに恩を仇で返しやがって! 潰してやるからな。芸能界に二度と関われないようにしてやる!」
「間違いないようですね」
僕はわめき続ける子羊――いや豚だな――のことをいったん忘れ、この生贄をつれてきてくれた三人に視線を向ける。
「着火の魔術ですが、3Dデータはまだありません」
そう言いながら僕は着火の魔術を構成し、指先に火をともす。
「すでにいわゆる【回復魔術】を習得している方はいらっしゃいますか?」
「私が」
後ろ側にいた男性のひとりが前に進み出た。
「着火は回復に比べ構成が単純です。1メートルくらいまで近寄っていただけますか? それくらい近ければ、僕が作った構成を感じられると思います」
男性が近寄ってきたのを確認して、僕は着火の魔術構成を組み上げる。
指先に小さな火をともして、じっと構成を維持する。
火の熱で指先が熱くなってきた頃に、男性の指からも火が生まれた。
さすがに早い。小回復魔術でコツを掴んだということもあるだろうけど、生来の能力か、スキルの支援があるに違いない。
「どうですか? 一人でもできそうですか?」
「問題ない。確かに受け取った。取引成立だ」
「一応聞いてもいいですか? あなたがたの所属はどちらでしょう?」
公的機関だと最初に身分を明かすはずだ。
だが彼らはそれをしなかった。だから秘密部隊なのはわかるんだけど、せめて大まかな組織名くらいは知りたいよね。総理の指示で動いているとか。
「我々は日本の国益のために動いている」
逆に言うとそれ以上は言えない、ということだろう。
公安とか内調の秘密部隊なのかな?
「ありがとうございます。安心しました」
「君にも愛国心があると知れて、こちらも安心した。それでは失礼する」
立ち去ろうとする男たちに合わせて、自分も帰ろうと思ったのか、立ち上がろうとした豚の手を僕はつかみ、力尽くで座らせた。
「なにをする!」
「なぜ帰れると思ったんですか?」
「君! これは犯罪だぞ! 誘拐! 拉致監禁だ!」
「そうですね」
僕が否定しなかったからか、男は目を白黒させる。
「私を誰だと思ってるんだ。ただでは済まさないからな。こちらには国会議員の知り合いだっているんだ!」
僕は叫び声をスルーして窓にカーテンをかける。
「代筆屋さん、これから起こることは他言無用でお願いします」
「俺は誓って喋らねぇが、隠し通せるもんでもないぞ」
「ある程度は覚悟の上です。では何時間か後にまたお会いしましょう。僕が戻ってくるまで誰も部屋に入れないでくださいね」
そう言って豚の肩に手を置いた僕はキャラクターデータコンバートしてアーリアへと転移した。




