第436話 【世界で一番可愛い君は】2 ウイルスより凶悪な
オリヴィアちゃんに言われるがままにアクセスしたURLをタップするとブラウザが開き、図形が表示される。
昔のパソコンに入ってたスクリーンセーバーの線が縦横に伸びていくヤツがしばらく続いたみたいな図形だ。めちゃくちゃに接続された配管のようでもある。
画面上に表示されてるアイコンからして、動かせるのかな?
俺が画面をタップしてスライドしてみると、図形はぐるぐると回転する。
一種の現代芸術だろうか?
『この図形ね。この通りに魔力を流すと体力が回復するんだよね。不思議』
は――?
オリヴィアちゃんの言葉に頭が真っ白になる。
体力回復スキル?
いや、スキルの発動にそんな複雑な手順は必要ない。
スキルを獲得するとそれを発動するスイッチのようなものが心の中にできて、自由にオンオフができる。それがゲーム化された世界の、ゲーム的要素の基本だ。
こんな複雑な図形はスキル発動手順のどこにも出てこない。
なにかの冗談なのか?
俺はそう思ったが、コメントに異変が起きた。
[これなんか変な手応えあるな]
[魔力吸われるんだけど]
[マジで体力回復するぞ、これ]
数多のコメントの中でこの三つが目に入った。
十万を超える視聴者の中でたった三つだが、それぞれ違う名前のアカウントがこの図形になにかあると反応している。
俺は仕事を中断して、図形に集中する。
図形の通りに魔力を通す。
俺は[空間把握]スキル持ちだ。
こういう三次元の図形を理解するのに長けている。
日常生活だと、ぶつからないように人混みを抜けていくくらいしか使い道がないが、今の用途には非常に適している。
魔力による図形が完成する一瞬前に引っ張られるような感覚があった。磁石が引き合うみたいに、図形がこの形になろうとする力が働いているような感じだ。
魔力が吸われる独特の感触があって、仕事で疲れた体が少し楽になる。楽になっていく。
持続性がある!?
話に聞くかぎり回復魔法というのは即時効果だ。
発動と同時に魔力を消費して、回復は終了する。
だけどこの図形による体力回復は持続して行われる。
図形に対して魔力を注ぎ続けなければいけないようだし、話に聞く回復魔法に比べてずっと効果が弱いが、効果が続いている。その代わり回復魔法と比べて魔力の消費量も少ないようだ。しばらく使い続けても魔力はなくならないだろう。
おいおい、長距離走の世界記録がまた塗り替わるぞ。
ただでさえスポーツ界はレベルアップの恩恵で日々世界記録が更新されているのに、そこに体力を回復させるような何かが加わるととんでもない。
いや――。
俺は手を顎に当てる。
そんな程度の話じゃなくね?
『効果がまるで魔法スキルみたいだけど、魔法じゃないし、私は魔術って呼ぼうかなって思ってるんだ』
オリヴィアちゃん!
君は分かっているのか!?
これがもし体力回復だけじゃなくて、持続効果で傷も癒やすのだとすれば、そしてスキルの有無に影響されないのだとすれば、現在回復魔法使いが独占している医療関係の優位性が崩れる。
ゲーム化で一度大混乱に陥った社会構造が再び混乱に叩き込まれることになる。
もちろんより多くの人が回復手段を持つのは一般的にはいいことだ。
だけど例えば、病院の経営はどうなる?
軽度の患者が劇的に減って、病院の経営が成り立たなくなれば、割りを食うのは重篤な患者だ。より多くの医療費か、社会保障での負担か、どちらかが必要になる。
そりゃ俺らみたいな一般市民からすれば、回復手段は喉から手が出るほど欲しい。
ちょっとした怪我とか、風邪をひいたときとか、なんなら毎日仕事で疲れ果てて、回復魔法使いだったらなあって思うことはあまりにも多い。
回復魔法使いはそれほど数がいないから、社会的影響は少なかった。
だけどもしこれが図形を思い浮かべ、魔力を通すだけで成立するなら?
社会構造自体がダメージを受けることになる。
致命的ではないだろうが、かなりの重傷を。
コメント欄では気軽にできた、できないと感想が飛び交っている。
ほとんどの人はできないようだが、俺が完成直前に感じたような手応えを少しでも感じた人はそれなりにいるようだ。
それを含めるとコメントの一割くらいだろうか?
俺自身が感じた難易度的に、いま手応えを感じている一割くらいは、数日もあれば使えるようになるだろう。疑似回復魔法使いになれる。もっと時間をかければ、人によって必要な時間に差こそあれど習得できるに違いない。
胃から嘔吐感がこみ上がり、それすらこのオリヴィアちゃんが魔術と呼ぶ何かによって抑制された。
肩こりなんかも治っている気がする。気がするだけだろうか。わからない。
頭の混乱には効果がないようだ。
つまり急性、慢性を問わず、肉体の異常を回復している?
『これ、寝不足のときに目の下のクマが消えてくれるんだよねー』
気がつくと橘メイの謝罪配信が始まる五分前になっていた。
そしてこの配信の視聴者は五十万人を超えて増え続けている。
オリヴィアチャレンジチャンネルの登録者数が二百万人を超えているとはいえ、この視聴者数はあまりにも多い。
この火が付いたような視聴者数の増大は、この情報がどこかに拡散されたのだ。Xのような即時性のあるSNSで、LINEのようなそれぞれのコミュニティで、この配信のことが拡散されている。
事の重大さに誰もが気付き始めている。
十一年前に世界がゲーム化したときのような、とてつもないパラダイムシフトの瞬間を俺たちは目の当たりにしているのだ。
『あ、そろそろメイちゃんの配信が始まるね。見てみよっか』
[それどころじゃないが?]
[オリヴィアちゃん、コメント見て!]
[It really can be recover]
[Unsere Katze ist wieder ganz gesund!]
[保存した。もし消されたらアップするぜ]
[We don't need hospitals anymore]
[これ他人にも使えるくない?]
[難しすぎるんだけど]
[Ne, to je nemožné.]
[腰痛が消えてマジで感謝]
[お前ら空気合わせすぎだって]
[The pain will disappear, too]
[これ消されるのオリヴィアちゃんだろ]
・
・
・
情報は広がっていく。
インターネットによって狭くなった世界で、拡散はもう誰にも止められない。




