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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第430話 人の理想を笑うな

 僕らは再びタクシーに乗ってブリギットの事務所へと戻るその途上にいる。

 後部座席で咲良社長は頭を抱えてうんうん唸っていた。


「どうかしたんですか? 咲良社長」


「うーん、ちょっと自分を立て直そうとしているとこ」


 確かに咲良社長が人前で爆発するのは珍しい。というか初めて見たかも。


 身内の場ではともかく、咲良社長は他人のいる場では常にできる女社長の仮面を被っている。多少崩れることはあっても、コントロールの範囲内でさっきみたいに大爆発することはなかった。


 彼女がかつて負った傷のことを考えると、精神的な傷に強いなんて言い方はしたくないけれど、咲良社長のメンタルは強い方だと思う。

 他人から自分が攻撃されることに慣れている人だ。自分が苦しむこと。自分が耐えることが当たり前になってしまっている人だ。


 その彼女が自分の過去によって、大切な所属アイドルたちに攻撃が向いてしまった。

 自分のことなら耐えられたに違いない。なんなら笑い飛ばしただろう。

 だけど子どもたちに矛先が向くことには耐えられなかったのだと思う。


 そんな彼女の助けになりたかった。支えになれたらと思っていた。

 僕のそんな思いが、咲良社長に変な期待を持たせていたのだとすれば、僕の行いはかえって彼女を苦しめていたのかもしれない。


 年齢差があろうと、性別が同じだろうと、違う世界の人だろうと、恋に落ちるときは落ちる。

[落ちる]と表現されるように、それは避けられないものだ。

 どんなに手足を伸ばしても、落下からは逃れられない。


 ステラリアの皆が、九重ユラはちょっと例外にしても、僕に向けている気持ちには当然気付いている。同じように咲良社長が僕にそういう気持ちを向けていることにだって気付いている。

 これまではあえて触れずにいた。見えないふりをしていた。

 ステラリアの子たちはともかく、咲良社長は酸いも甘いも吸い尽くした大人で、恋心をどう片付ければいいか知っていると思っていたから。


 断片的に得られる東雲ひなの情報を見る限り、彼女は若い頃から芸能界で努力し、成功の直前で大人たちに食い物にされた。

 苦痛と快楽は刻み込まれたが、愛や恋を教えてもらうことはなかったのではないか?


 だとしたらもしかして花伝咲良という人の初恋が今なのでは?


 聞かなければ分からない。

 だけど聞くことはできない。

 きっと質問するだけでこの人を傷つけてしまうから。


「うん、よし」


 咲良社長が顔を覆っていた手を離した。

 いつもの咲良社長の顔。微笑みすら浮かべている。


 それは一体どうやって取り繕っているのだろうか?


「ごめんね。心配かけたわ。道化をやるにしても、やりすぎちゃったわね」


 最近僕の前では被ることはなかった、芸能事務所社長としての仮面を見た。

 今はタクシーの中でメルもいるから、そうするのは自然だ。けれどその心中を考えると僕は穏やかではいられない。


 僕はこの人を尊敬しているし、敬愛しているし、そして同じくらい守ってあげたい。

 誰かが彼女の傘であるなら僕はなにもしないで見守っていただろう。でも彼女は一人で雨に濡れているじゃないか!


「あなたたちの関係について私は口を出さないわ。お母様に約束した手前、監督不行き届きで私は怒られるべきだけど、特別なあなたたちの、特別なその関係を、私は邪魔したりしない。いわばあなたたちは二つの世界の架け橋なわけでしょ。その結びつきを私は否定したくない」


 それは本心ではないですよね。


 咲良社長の目線は下に、そして揺れている。

 両手は指先だけが組まれ、すりあわされている。

 それらが僕に教えてくれる。


 僕が勝手に決めつけられるわけではないけれど、咲良社長には僕に選ばれたいという気持ちがあった。

 僕にも彼女に幸せになってほしい。幸せにしたい、という気持ちがあった。

 恋愛感情ではなかったけれど、この人を大切にしたいという気持ちがあった。

 でもその気持ちが、その態度が、咲良社長に期待をさせてしまったのだとすれば、僕はなんて罪深いんだろう。


「そもそも赤の他人があなたたちの保護者ぶってるのもおかしい話なんだけど」


 そう言って咲良社長はへらっと笑った。


「おかしくなんてない!」


 思わず僕は叫んだ。

 タクシーの運転手が驚いてブレーキを踏んでしまうほどの叫びだった。

 幸いにして後続車に追突されることはなく、タクシーは再び走り出す。


「大人が子どもを守ろうとあがく姿を笑うのは、たとえ当人だとしても許せない! 正直、子どもであるなら誰でも守るというあなたの主張は理想論すぎると思う。大人よりあくどい子どもだっているんだ。子どもならどんな状況でも守られるべきだとは僕は思わない。だけど僕はどんな子どもでも守ろうとするあなたを笑いはしない。絶対に笑ったりしない」


「カズヤくん……」


 咲良社長の瞳が潤み、あっという間に大粒の涙がこぼれ落ちた。

 自分の顔を手で覆った咲良社長は肩を震わせる。

 その肩を抱き寄せたのはメルだ。

 僕は助手席だからね。そうなるね。


「ひーくんは後でおしおきね」


「なんで!?」


「そんなに愛されたら誰だって好きになっちゃうよ。当然だよ。責任取れ」


 それは咲良社長の台詞なんだよなあ。


「そうは言っても僕はオリヴィアへの気持ちでいっぱいいっぱいなんだよ」


「私への愛情を減らしてでもとは言えないから……」


 メルは唇を歪めて、ん~と唸ったかと思うと、にっこりと笑った。


「がんばれ、ひーくん」


 頑張ってどうにかなるものでもないんだよなあ。

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