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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第425話 馬を射るために将を潰す

口座の残高に間違いがあったので修正を入れています。

『できません。株式会社ウイークは非上場ですから』


 夏埜さんはばっさりと俺からの質問を切って捨てた。


『ほとんどの出版社は上場していません。株主にものを言われることで言論の自由が毀損する恐れがあるためです』


「そうでしたか」


 出版社は出版社で表現の自由を守るために工夫を凝らしているということだ。

 だけど、ならばなぜ業界からの圧力が存在するんだ?


『上場している出版社ですとKADOKAWAがありますが、時価総額が五千億円ほどですから、百億円の空売りでは一時的に株価を押し下げるに留まり、すぐにお買い得だと大量の資金が流入して株価を押し戻すと思われます。大損するだけです。それに三津崎様の資金では……、こういうリスキーな取引でレバレッジを組み込むのは非常に危険です』


「レバレッジ?」


 なんか聞いたことはあるけどよく分かってない用語だ。


『失礼しました。てっきり最大倍率のレバレッジで取引をなさるのかと』


「そのレバレッジについて教えていただけませんか?」


『レバレッジというのは信用取引のことです。例えば三津崎様の口座から三十億円を証券口座に移動させたとして、最大である3.3倍のレバレッジをかけて株を買えば約百億円分の株を購入できます。株価の上下によって通常の3.3倍、損得が発生するわけです。もちろん株価が下がれば現物の十倍の損失が発生します。通常、損失額が保証金、つまり今回の場合三十億円に達した時点で自動的に株は売却され、それでも保証金より損失が出た場合は追加保証金が必要になります。預けているお金より損失を出す恐れがあるのが信用取引です』


「つまり口座に百億あって、レバレッジをかければ、三百億の取引ができる、と」


『理屈上はそうなりますが……』


「株式会社ウイークは非上場とのことでしたが、株式会社である以上、株式は誰かが所有していますよね? 大株主は一体どこなんですか?」


『……TAKAメディアHDですね。単独で過半数の株を持っている、つまり親会社です』


「テレビ局もあるあのグループですか?」


『そうなります』


 なるほど。圧力の出元はそこか。

 だが、掴まえたぞ。


「TAKAメディアHDは上場していますよね。時価総額はどれくらいですか?」


『八千億ほどだったと記憶していますが……』


「それだと三百億円分の空売りじゃ焼け石に水ですかね?」


『先に確認させていただきたいのですが、利益を上げるのが目的ではないということでよろしいでしょうか?』


「そうなります。市場って十五時までですよね。もうほとんど時間がありません。必要なのは今日、株式会社ウイークに圧力をかける。それでいいんです」


『承知いたしました。それならば百億円も必要ありません。TAKAメディアHDの一日の出来高はせいぜい何十億かです。全額失う前提で売り浴びせればストップ安に追い込めます。よろしいですか?』


「僕はどうすればそれができますか?」


『すぐに五星JF証券のアプリをダウンロードしていただいて、口座を開設してください。こちらで調整をしておきますので、開設した口座にすぐに普通預金からお振り込みを。着金いたしましたら担当者から三津崎様へすぐにお電話させます。今日中と言うことであればお急ぎください』


「分かりました。すぐに始めます」


 僕は通話を切ってアプリストアから五星JF証券のアプリをダウンロードする。

 アプリを開いて口座開設をタップ、必要情報を入力していく。

 五星JF銀行のアプリが入っていることが功を奏した。連携して必要情報をいくらか共有してくれるのだ。口座の連携も自動で行うことができた。

 すぐに五星JF銀行の口座から五星JF証券の口座へ22億円を移動させる。普通預金口座の残高はほぼゼロになったが、百億以上の着金が控えているので問題ない。


「町中で百億円の取引だって電話で言ってる人がいたら、可哀想な人なんだなって思うんだけど、本物もいるってことよね……」


 目の前で起きていることに咲良社長が慄いている。


 手の中のスマホが震える。知らない番号からの着信だ。


「もしもし、三津崎です」


『初めまして、五星JF証券、和気と申します。夏埜から伺っています。時間がありませんので簡潔に。着金された資金でTAKAメディアHDの空売りを行いますが、レバレッジはかけられますか?』


「可能な限り」


『承知いたしました。まず大前提として株価を押し下げることを目的とした空売りは違法行為です。あくまで利益を狙ったということにしておいてください』


「分かりました」


『空売りをするにしても株価を指定することができます。現在、TAKAメディアHDの株価は3,200円前後です。損失を抑えることを考えると、底値を2,800円ほどに設定するのがよろしいかと思います。ただ損失を一切考慮せず、とにかく売りたいということであれば[なりゆき]での取引も可能です。買いたいという人がいるだけ、高い値段から順に指定株数まで売るということです』


「なりゆきで、全額売り注文を」


『承知いたしました。売るための株を借りる手数料や、大量取引の報告ルールがありますが、取引額の0.02%の罰金で対処できます。百億と仮定して二千万ですね。今すぐに取引を実行しますがよろしいですね?』


 夏埜さんが手を回してくれているだけあって話が早い。


「すぐにはじめてください」


『八億円と少しで買い注文をすべて[食い]ました。株価は2,850円まで急落。買いが入ったら即売ります。いいですね』


「お願いします」


『こちらがいくらでも売ると見たのか、2,700円で大量の買い注文がありました。これに全部売りつけて、追加で十二億円です。2,650円、2,600円、下ヒゲがでないので、AIがトレンドを変えましたね。さっきの買いをもう損切りしているかもしれません。2,500円、個人投資家によるパニック売りも発生しているようです。いくらなんでも下がりすぎなので、チャレンジ狙いの買いも発生していますが、これを食うのはちょっと難しそうですね。買いがほとんど入らなくなりました。様子見のターンです。2,500円で板が真っ黒ですね。ここで十五時になりました。取引終了です。あまり大きな声では言えませんが、素晴らしい。あなたは保証金22億のうち10億円、つまり50%少しの証拠金維持率で、TAKAメディアHDの時価総額をおよそ22%失わせました。千七百億円以上の損失を与えたわけです』


 この間がわずか十五分だ。


「ありがとうございます。つまり僕はいずれ買い戻さなければならない。そうですね?」


『おっしゃるとおりです。TAKAメディアHDの株価は時間外(PTS)取引である程度戻るでしょう。数億の損失が発生します。加えて罰金の支払いも発生しますね』


「ちなみに明日も同じことができますか?」


『理屈上は。しかし損失がさらに膨らむだけですよ?』


「これは僕の感覚なのですが、経営状態からするとありえない規模の売りを誰かが行っているとなると、和気さんはどう思いますか?」


『……インサイダー取引、ですね』


 少し警戒したように声を潜めて和気さんが言う。


「その兆候を掴んだときに投資家が後追いで行えることはなんですか?」


『波乗りですね。全力売りの気配なのだから、一旦売って、ストップ安前で買い戻せば稼げます』


「そう言えばそのストップ安ってなんですか?」


 夏埜さんも言ってたよね。


『まさかご存じでないんですか?』


「ええ、はい」


『株式取引には一日の値動きに限度がもうけられています。これを超えた価格での取引はできません。さきほど最後のほうで取引が成立しなくなりましたね。売り気配が強いので値動きの下限でも買いたいという注文が入らなかったということです』


「それ以上下がらないというのであれば買い時なのでは?」


『市場は開いている時間が限られていますが、時間外《PTS》取引もありますからね。その日の底値で買ったはいいものの、翌朝にはもっと下がる気配になっている可能性があります。それに今回はタイミングが良かったですね。市場が閉まる直前でなければ、仰る理論の通り底値で買って、少し上がったところで売ることができれば利益を得られます。早い時間にストップ安の展開だと、そこである程度買い注文が入ることはありますね』


 へぇ、なんというかゲーム的なんだな。

 この世界そのものがゲームではあるんだけど。


「ということは市場が開いていない時間に価格が戻って、明日はまたリセット状態からってことですか?」


『いえ、市場価格は終値、前日最終の価格で始まります。時間外《PTS》取引はあくまで私的な取引であって、市場とは切り離されています。もちろん投資家たちは参考にしますが』


「つまり明日ストップ安となる株価は、今日の終値である2,500円から計算するということですね」


『そうなります』


「分かりました。明日はこれから会う人の対応次第ですね」


『私の会社用スマホの番号をSMSで送っておきます。明日も動かれるようでしたら、どうぞご連絡を』


「助かりました。またよろしくお願いします」


 通話を切って、ほっと息を吐く。


「どうなったの?」


「とりあえずウイークの親会社に千七百億円分の損失を与えました。これで向こうがどう出てくるか、ですね」


「私、絶対にあなたからの融資は受けないことにするわ……」


 咲良社長が僕を見る目には恐怖が浮かんでいる。

 以前にも僕がブリギットを乗っ取ってしまうのではないかという懸念を示していた。


 そんなに怖がらなくても……。

 一緒に共同経営者やろうよ。ね?

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