第422話 僕らはそうじゃないから
馬車を借りて町を巡るのってなんか観光バスツアーっぽくない?
いや、参加したことはないんだけど、東京だと、はとバスが有名だよね。
ただしアーリアのツアーに添乗員はいない。
ガイドは現地人ですらない僕だ。
御者さんは馬車を走らせるのがお仕事だからとばかりに、案内はしてくれない。
これはこれで余計なことを言わない商売人にとってはありがたい人選なのだろうけれど、今はちょっと寂しいよね。
「大体一周したかな」
「そうなの?」
「まあ、危ないところは避けてるからね。あと君が興味無さそうなところも」
鍛冶屋が集まった職人通りとか、橘メイは興味無いでしょ。
あとエインフィル伯に見つかりたくないので中心部も避けた。
それで治安の悪いところを避けたら、もう行けるところあんまり残んないよね。
アーリアはそれなりに規模の大きい町だと思うけれど、その規模感だって個人差がある。
奈良の片田舎に住む僕にとっては、地元よりも栄えているけれど、東京に住んでいる橘メイからすれば、アーリアは所詮地方都市くらいのものだろう。
「観光地じゃないんだから、こんなもんだよ」
「そっか、夕暮れにもなんないのね」
「歩いて移動だったら一日ではとても回りきれないけれどね。僕も今日初めて行った辺りもあるし」
馬車は僕の借りている部屋のある建物の前で止まる。
「デートはおしまいだ。さあ、終わりにしようか」
「そんなデートの終わりある?」
「仕方ないだろ。僕らの関係は普通ではないんだし」
橘メイに手を貸して馬車から降ろす。
御者さんにチップを渡し、彼女が買い込んだものを持って、僕の部屋へと移動した。
「夢のような時間、というほどでもなかったわね」
「ご期待に添えなくて悪かったね」
橘メイに椅子を勧めて、僕はベッドに座る。
この部屋にはメルがいることが多いので、別々に座れるように椅子が用意されているのだ。
「でもご要望の通り、素顔で男を連れて町を堂々と練り歩けただろ」
「そうだけど、そういうの言わないほうがいいわよ」
「言ってもいいのが僕らの関係だと思ってるんだよ。僕は」
「そうだった、けど……」
なにかを言いよどむ橘メイ。
ずっと疑問に思っていたことがあった。
「なぜ僕なんだ? つまり君は本気で恋がしたければいくらでも相手を選べるだろ。君の可愛さなら、芸能人だって実業家だって思いのままだ」
「そうだけど」
ちょっと盛って言ったつもりだったけど、相変わらず自信がすごい。
「正直、僕は君が気にかけるほどの見た目ではないと思うんだ」
見た目に気を遣っているけれど、決してイケメン陽キャの類いではない。
「どうでもいいからだったのよ。最初は。本当に」
そう言えばそんなこと言ってたね。
その後のちょろさがあまりにもあんまりだったので忘れてたけど。
「でもいざ彼氏として考えたら、アリじゃない? ってなっちゃって」
「この冴えない陰キャが?」
「アンタの発言、世界中の陰キャに喧嘩売ってるわよ。なんというか、アンタはイケてる陰キャなのよね」
「陰キャは陰キャなんだ」
まあ、自分でもそう思ってるけど。
「根本的にオリヴィアが隣にいるだけで男としてのランク高いわよね」
「やだなあ、その考え方」
「そう? いい女が選んだってことは、何かしら価値があるってことで、判断の手間が省けるじゃない」
「うーん、それは、まあ、分かるけど」
権威がある人が「これはいいものだ」って言うと価値が発生するみたいなことはよくあるよね。
「あの女が引っ付いてる男と付き合って振ったら、私の世界ランクが上がるじゃない」
「あんまり良くないよ、その考え方」
「だけど考えてみたら、振るのもったいなくない? ってなっちゃって」
「それだと世界ランク上がらないよね」
「良くない考えを捨てたのよ」
こいつぅ。
「元彼がしつこくってぇ、もいいけど、こっそり付き合ってる人がいてって言うのもいいじゃない」
「誰かにマウントを取るためなのは変わらないんだ」
「いいえ、マウンティングではないの。ただ優越感に浸りたいだけ」
「それをマウンティングって言うんだ」
「ああ言えばこう言うんだから、もう、仕方ないわね」
「面倒くさい彼氏に寛容な彼女ムーブを止めろ。僕らはそういうのじゃないだろ」
「もういっそちゃんと付き合わない? って言おうかと思ってたけど――」
椅子に座ったまま足をぶらぶらとさせる橘メイ。
普段は僕が座っている椅子だから、ちょっと高いのかもしれない。
「ダメね。アンタがダメとかではなくて、誰と恋をしてもきっとライブでみんなの視線を独り占めするあの感覚には届かない。まあ、ぶっちゃけアンタのこと好きになっちゃってるけど、でも付き合えない。私はあっちのほうがいいから」
驚いた。
てっきり完全に色ボケしているものだと思っていたけれど、橘メイは橘メイなりに結論に到達していた。
最悪の場合、僕の方から振るということも考えていたのだけど、その必要はなかった。
ステージの光は恋の花火より眩しかったのだ。
「だからこっそり付き合わない?」
「アホか君は!」




