第417話 【メルシア】は好きでは足りない
疲れて眠っちゃったひーくんの横顔を、隣に寝転んだ私は何をするでもなく見つめている。
ああ、好きだなあ。
しみじみとそう思う。
こういう気持ちをひーくんに抱くようになったのはいつからだっただろう。自分でも分からない。
日本語でも、アーリアの言葉でも、恋に落ちるという表現があるけれど、私の場合は沼に足を取られたような感じだった。ずぶずぶと嵌まっていって、気が付けば抜け出せなくなっていた感じ。
悪い意味ではない。
気付かないうちにそうなっていた、という意味だ。
なのに待たせてごめんね。
本当は監視塔で町の灯りを見た時にひーくんの気持ちに応えても良かった。
でもね、あんな風に私を振り回したひーくんにはちょっとくらい意地悪してもいいよね。
ちょんちょんと頬をつつくと、ひーくんはむずがるように体を少し動かした。
いっぱい疲れたから、きっとこれくらいじゃ起きないよね。
ついつい頬が緩む。
ひーくんはとても優しい。
私にだけじゃなくて、みんなに。
私が甘えたら、きっとひーくんはどこまでも甘やかしてくれるよね。
それこそ自分を犠牲にしてでも。
ひーくんにはそういうところがある。
最近は物事の価値について云々難しいことを言ってるけれど、ひーくんは自分の価値についてはとても無頓着だ。
理屈では分かっているのだと思う。
だけど感情はそうなっていない。
自分は無価値で、他人はとても価値があって、きっとそんな風に思っている。
自分が何かを犠牲にして誰かが救われるなら、それはとても有意義な価値の交換だって思っている。
私はそれがとても腹立たしい。
私の好きになった男の子は、とっても価値があるのだ。
だからステラリアのみんなにはとても感謝している。
彼女たちが好意を向けてくれたことで、ひーくんは少し前向きになった。
きっと私では無理だっただろう。
ひーくんとの関係性が深すぎて、それに基づいた好意だと思われてしまう。
そういうことではないんだよ。
そういうことではないんだ。
そりゃ昔のひーくんは良くなかったよ。
でもそれは外見とか、能力ではなくて、自分に自信が無いところだ。
自分が好きではないところだ。
実を言うとひーくんの家族はひーくんにとってあまり良い家族ではないと思っている。悪い人たちではないし、ひーくんを家族として愛しているのは確かなんだけど、自然とひーくんを下に見ているところがあるというか。
そういうところが私は苦手だ。
そんな人たちに囲まれて生きてきた結果が、ひーくんの自虐的な自己評価なんじゃないかな?
ひーくんの初期ステータスが低かったのは事実だけど、ステータスって物事の一面でしかないよね。能力の高低であって、人としての優劣じゃない。
というか、アーリアだと初期ステータスが低い人は成長率が高いとされてるんだよね。アーリアに生まれていれば、ひーくんはむしろ将来性があると見られて大事に育てられていただろう。
事実、レベル41の時点でひーくんと私のステータス合計値はほぼ変わらない。
初期値に差があったことを考えると、この先、私は置いて行かれる。
もちろんステータスの数値は固定ではなくて、本人の努力によって変動する。
だけどレベル上昇に伴う補正率の変動には個人差がある。
そして初期値が低かった人のほうが伸び率が高いのだ。
少なくともアーリアではそれが定説だ。
だから私は必死に努力しなければ、いつかひーくんの隣に立てなくなるだろう。
それはそれとして、ひーくんの魅力って将来性じゃないんだよね。
優しさとか、交渉力とかでもない。
人の言うことをちゃんと聞くところだ。
相手の言っていることを理解しようとする姿勢だ。
少なくとも私にとってはそうだ。
だから、もしもひーくんにユニークなスキルが無くても、お金を稼げなくても、悪い人と交渉ができなくても、別にいいんだよ。
私の話をちゃんと聞いて、自分の意見があって、未来のために努力のできるひーくんでいてくれたらそれでいい。
人の気持ちに鈍いところはちょっとどうかと思うけど。
だいたいさー、ひーくんが最初の告白をしたときの反応で、私にも好意があるってことくらい分かるよね。普通。
どうしてこんなに遠回りしたんだろうね。
私はにやけ顔でひーくんの頬をつねった。
起きちゃったらまた誘惑しちゃおうかな。
まあ、遠回りしたのには私が悪いところもある。
というか、私が悪いか。
でもね、なんだか悔しいじゃん。
ひーくんは私を好きになりたいとは言ったけど、その後も好意を示すようなことは言ってくれたけど、[好きになった]という宣言はまだしてもらってないよね。
その状態で私はひーくんが好きだよ、って言っちゃったら好きなのは私の方だけってことにならない?
偽装のためとか言わずにさあ、好きだ結婚しようって言ってくれても拒否しないのにさ。バカだよね。ほんと。
だから私はひーくんが私を好きで好きで我慢できなくなっちゃうまで焦らすことにしたんだ。
ひーくんが、私への好きでどうしようもなくなるように仕向けたんだ。
私の気持ちなんてどうでもいいくらい、私を好きになって。




