第410話 分からない人を炙り出す
本当の僕はまだ高校生だ。
だからドレスコードがあっても制服を着れば礼服として扱われる。
って、そういうわけにはいかないよなあ。
ここの支払いは歌舞伎町の代筆屋を通じて振り込まれているけれど、主催が僕であることに違いはない。
その僕が高校の制服なんて着ていたら不審がられるだろう。
そもそも制服持ってきてないや。
ホテルの地下にあるショッピングエリアのブティックで僕は僕の服装を調達する。
店員さんが一人付いてくれているのがありがたい。
「とりあえず僕はドレスコードさえクリアしていたら、できるだけカジュアルに寄せたいんですよね」
「でしたらスラックスとジャケットは敢えて色を合わせないようにしましょう。ワイシャツに、ネクタイは細めのものにしましょうか。タイピンはいかがですか?」
「あー、えっと、お任せします」
ファッションちょっとは分かるようになったつもりだけど、スーツ系はまだよく分からないんだよね。
今もサマージャケットを着ていると言えば着ているのだけど、一張羅なのでちょっとよれてきてる感じがある。
「お客様はスタイルがよろしいので何を着てもらっても似合いそうで腕が鳴りますね」
「ありがとうございます」
日頃からの鍛錬や、メルの真似をして姿勢を気にしているから、その努力を認められたようで嬉しい。
スラックスから合わせられて、僕は濃いめのネイビーブルーを選んだ。
「裾はどうされますか?」
「えっと、何があるんですか?」
「長さと仕上げですね。フォーマルを意識するなら長めになるんですが、普段使いもされるのであれば靴に触れるくらいの長さにします。仕上げはそのままなのがシングル、外側に折り返しが出るものがダブルです。シングルは足下がスマートになりますし、ダブルは高級感が出ますね」
「短めのシングルでお願いします」
「分かりました。すぐに裾上げいたしますね」
裾を針で留めると、店員さんは僕が脱いだスラックスを別の店員さんに渡して戻ってくる。
「お食事会ということであればシャツは柄物でも構いません。ですが個人的には白をオススメします。どのシーンでも使えますし、一番清潔感があります。生地が厚めのこちらなんていかがでしょうか? アンダーシャツを着なくても透けたりしませんよ」
男の何が透けるんですかね?
というか、下に何も着ないってこと?
それは乳首が透けちゃうよね。答えが出ちゃったね。
「サイズは問題ありませんね。ジャケットを見繕ってきますので、このまま更衣室の中でお待ちください」
店員さんが持ってきてくれたジャケットの中の一着に目が留まる。
陽が沈んだ直後の青と黒が混じった空のような色。
生地は織物感があって、程良い光沢で高級感が出ている。
手触りもよくて、やや厚みは感じるけど、しっかりとしている。
他のジャケットは目に入らなかった。
「これがいいです」
「お目が高い。ブリオーニのジャケットです。最近だと007のカジノロワイヤルでダニエル・クレイグが着ていましたね」
あと最近だと咲良社長が鹿にめちゃくちゃにされてたのもブリオーニでしたね。
袖を通してみると、まるで測ってきたみたいにぴったりだった。
正直、見た目の形は普通のスーツって感じだけど、質感がまるで別物だ。
「このジャケットは今日お客様のために作られたに違いありません」
おべっかだとは分かっていても嬉しくなっちゃうよね。
鏡を見てもよく似合っていると感じる。
こんなに高級感があるのに、服に着られている感じにならないのはどうしてだろうか。
「タイもブリオーニで合わせて見ましょうか」
店員さんがささっと持ってきたのは無地でネイビーブルーのネクタイだ。
主張が強くないけど、こちらも質感がすごくいい。
裏のタグを見なければブリオーニだとは分からないだろうけど、そこがまた控えめでいい。
ハイブランドでよくあるブランドロゴの主張が強いのはちょっと苦手だから、とても良い。
「これいいですね」
「となると一式ブリオーニで揃えてしまうというのも手ですね。質感が統一されるので、おしゃれ感が増します」
「あ、でも裾上げをもう」
急ぎだからもうハサミを入れてしまったのではないだろうか?
「大丈夫です。お気になさらず。展示品にしてしまいますから」
「いえ、普段使い用にそれはそれでいただくとして、スラックスとワイシャツもお願いします」
「そうですか! すぐにご用意しますね!」
店員さんはすぐにスラックスとワイシャツを持ってくる。
「やっぱり質感が違いますね」
「分かる人にだけ分かればいい、ということもありますが、相手の格を見極める武器でもあると思います」
「相手の格、ですか?」
「ブリオーニって、なんというかロゴなどでブランドを主張していないじゃないですか。だから分かる人にしか分からないんですけど、だからこそ見破ってくる人は、一定以上の格がある、と判断できてしまうんです」
無地で、言ったら悪いけど地味な感じのスーツ姿で現れた僕に相手がどういう態度を示すかで、相手に高級ブランドを見抜ける目があるかどうかが分かるというようなことか。
そうだよなあ。正直、僕の雑な目だと、本当に失礼だけどGUにもありそう。って感じするもん。
いや、もちろん実物の質感は全然別物なんだけど、柄とか形とかがね。
「お客様は姿勢がいいですねえ。ちゃんと背筋を伸ばして胸を張って立っている方のなんと少なくなったことか」
「じゃあこのスラックスとワイシャツで」
「お客様、トラウザーズです。ブリオーニのパンツはトラウザーズと言います」
「勉強になります」
こういうところから付け焼き刃が露呈するんだろうなあ。
その後も言われるがままにベルト、カフス、タイピンと購入していき、僕だけで総額100万円超えです。
ハイブランド怖ァッ!




