第406話 解き放たれた思い
アーリアの面々をあちらに送っていったあと、僕はホテルの自室に戻った。
メルの初配信をフルで見たり、各SNSを動かしたり、返事をしたりしているうちに、深夜を回る。
うーん、インターネットって時間泥棒だなあ。
オリヴィアチャレンジの次の企画も考えなくちゃならないけど、全部僕がやるの効率悪い気がしてきた。
僕はその道のプロってわけじゃないし、これがやりたいというわけでもない。
だったらいっそプロに外注してしまったほうがいいのではないだろうか?
流石に咲良社長に電話するには遅い時間か。
というか、長電話になる気がして僕は通話アプリをそっと閉じる。
LINEもちょっとなー。メールにしとくか。
ネットに転がっているビジネスメールのテンプレートを弄って、オリヴィアチャレンジの企画運営にかかる費用の見積もりをお願いしてみた。
これなら他のメールに紛れて、メールチェックするときまで気付かないはずだ。
さらに時間が過ぎてしまったけれど、白河ユイは多分僕からの連絡を待っているので、電話をしなければならない。
マネージャー用のスマホから白河ユイの会社用番号に電話をかける。
「こんばんは。ユイちゃん、遅くなってごめんね。起こしたのでなければいいけど」
『いえ、待っていました。こんばんは』
でしょうね。
彼女の支配者である僕が、電話するかもしれない、と言えばいつまでも待たなければいけないと考える。
それが白河ユイだ。
でも、それは今日で終わる。
「早速だけど本題だ。僕の手元にはいま君の所有権を僕が放棄するという内容の契約書が2通ある。今から署名して捺印する。そうしたら君は自由だ」
『はい』
僕はスマホを置いて、書類に署名捺印を済ませる。
「署名して捺印した。ビデオ通話にしていい? 書類を確認してほしい」
『分かりました』
LINEのビデオ通話を白河ユイに繋げ、テーブルの書類を確認してもらう。
何かが起きた感覚はなかった。
なにかのスキルで僕らが繋がっていたわけではない。
これは白河ユイの内面の問題だ。
『自由……って怖いですね。何をすればいいのか分かりません』
「そうだね。自由になるというのは楽になるという意味じゃない。自ら選択し、自ら進まなければ何も得られないのが自由だ。誰も君の未来を決めないし、無理矢理進ませたりはしない。だから他人の言うことを、そのまま信じてはいけないよ。僕のこの言葉もだ。自分で調べて、自分で考えて、自分で選択して欲しい」
『お聞きしたいことがあります』
「なにかな?」
『私のこの一件で、ヒロさんの利益はどこにあったのですか? 私を買い取るために2億円を払い、わずか数日で部屋を与え、手放した。なんのために?』
「そうしたかったから、としか言えない。君のことを見捨てたら2億円を捨てるより後悔すると思った。それだけなんだ」
『そうですよね。ヒロさんはそういう人です。だからしかたないんです』
「なにが?」
『ヒロさん、私は成人し、自由になった。ということは、なんだって自分で選択できる。ですよね?』
「うん。そうだね」
『じゃあ、ヒロさん。好きです。付き合ってください』
ビデオ通話にしていたのが間違いだった。
白河ユイは冗談を言っている顔ではない。
真剣に、本気でこの告白をしていると分かってしまう。
「それは無理だ。僕には心に決めた人がいる」
『メイを弄んだのに? カノンをその気にさせたのに? どうして私は駄目なんですか? 私は三番目でも、四番目でも構いませんよ』
現代倫理観は仕事して!
「橘メイとの関係は近々清算する。カノンちゃんにもはっきり言うよ。そして同じことを君にも言う」
『前から思っていたのですが、ヒロさんはメイだけ頑なにフルネーム呼びですよね。なにか特別な理由が? 気持ちがあるんですか?』
それを言ったら心中だと君たち全員フルネーム呼びだからね。
「特別というか、フルネーム呼びって距離が近いというよりは離れてる感じじゃない?」
『ええ、ですから、敢えて近寄らないようにしているのではないかなと思いました』
おいおい、自由になった途端に踏み込んでくるじゃないか。白河ユイ。
『ヒロさんはオリヴィアさんに操を捧げている、けれど、メイに惹かれてしまう自分がいる。だから遠ざけているのではないですか?』
「そうだとして、君になにか関係があるかな?」
『あります。付け入る隙があるということですから』
なんでこの子たち、こんなに気持ちが強いの?
『私はあなたのものだから、それでいいと思っていましたけれど、手放されたのなら話は別です。自由な私がつかみ取るのはあなたがいい』
「とにかくその話はライブの後にしよう。ちゃんと話を聞くから、ちゃんと聞いてほしい」
『分かりました。やっぱりこれワンチャンありますね』
そういうこと言わないで!




