第36話 砂糖を売ろう
僕らは店の奥にある応接室のような部屋に通された。どうやら普段から商談を行っている部屋らしく、秤がテーブルの上に置いてある。僕らが椅子に座って待っていると、すぐに高齢で目つきの鋭い男性が現れた。
「黒胡椒と真っ白な砂糖を売りたいと言っているのは君たちか?」
「はい。これが商品になります」
僕はテーブルの上に黒胡椒と砂糖のガラスポットをひとつずつ置いた。
「これは、どうやって開けるのかね?」
黒胡椒の入ったガラスポットを手にした男性が疑問を口にする。あ、そうか。回して閉める蓋はこちらの世界にはまだ無いのか。
僕は砂糖の入ったガラスポットを手にして、蓋を回して開けてみせる。男性は驚きを隠そうとしたが手元は誤魔化せない。彼は黒胡椒のガラスポットの蓋を何度か開け閉めした。それから蓋を開けて黒胡椒の香りを嗅ぐ。
「良い品だ。匂いが損なわれていない。これだけ芳醇な香りの黒胡椒はここらでは手に入らない。そちらを確認しても?」
「どうぞ」
僕は砂糖の入ったガラスポットを差し出す。
「こんなに真っ白な砂糖は見たことがない。どうしたって色が混じるものだ。間違いなく砂糖なんだろうな?」
「舐めて見せましょうか?」
僕が手を差し出すと、男性はテーブルの上にあった小さじをつかって僕の手のひらに砂糖をほんの少し乗せた。僕は男性にもちゃんと見えるように舐めてみせる。
「この通り、安全な品です」
男性は僕の許可を取らずに自分の手にも砂糖を乗せて舐めた。
「確かに砂糖のようだ……。しかしここまでするにはどれほどの手間が……」
「この砂糖の価値を分かっていただけるようですね」
「分かる。分かるとも。しかし手間に見合うだけの価格は付けられん。誰も買えなくなるからだ」
「貴族を相手に売れませんか?」
「確かにこれだけ上質な砂糖であればかなりの値が付くだろう。しかしそれでも手間に見合うほどにはならん。ワシらが買い取れる価格としてはこの1瓶で銀貨20枚というところだ」
「それはもっと量があってもその価格で、ということでよろしいでしょうか?」
「まだあるのか?」
僕はリュックサックから残りのガラスポットを取り出す。
「いま手元にあるのはこれだけですが、もっと量を用意することもできます」
男性はしばし考え込んだ。金勘定をしているのだろう。指で額を揉むようにして、悩んでいるのだと分かる。
「量があれば希少性は薄れる。価値は下がる」
「しかし砂糖は消耗品です。使えば無くなりますよ」
「とりあえずここにある5瓶はすべて銀貨20枚で買い取っていい。黒胡椒は1瓶銀貨15枚で買おう。こちらはある程度オマケだと思ってくれ。次からは黒胡椒は1瓶12枚がいいところだ」
銀貨130枚。目標額には届かないが、狙い通りならそれでも大丈夫のはずだ。
「ありがとうございます」
「では金を用意させよう」
「ええ、こちらも用意をします」
僕はそう言って黒胡椒をガラスポットからテーブルの上にざらっと出した。
男性は驚いて腰を浮かす。
「な、なにをしておる」
「ですから商品を出しています。僕が売ったのは黒胡椒と砂糖です。容器は別ですよ」
「それは、う、ぐぐ……」
「透明度の高い硝子に細工も入っています。それに回し蓋。この構造に興味があるんですよね? 僕としては中身だけを置いていっても十分なんですけど」
「……分かった。買う。その容器も売ってくれ。頼む。いくらだ? 貴様も商人であれば言い値というものがあろう」
僕は片手の手のひらを掲げる。
「金貨5枚」
「いくら何でも高すぎるじゃろ」
「蓋の構造を売ろうと言ってるんです。ちょっと見て触れただけで再現できますか? できると思っていらっしゃるんなら、商品を詰める袋をご用意ください。その分は代金から差し引いても構いませんよ」
「ううう、分かった。買う。買った。金貨5枚と銀貨130枚、ちゃんと用意するから全部置いて行ってくれ」
「商談成立ですね。ありがとうございます。次からは容器の価格はお安くしておきますよ」
「こんな小童にしてやられるとは。ワシの名前はエイギルだ。小童、名前を聞かせい」
「容器のことにあえて触れなかったエイギルさんが悪いんですよ。僕は和也。こっちがメルシアです」
「カズヤとメルシアだな。覚えたぞ。次からも調味料があったらこの店に持ってこい。ワシが買い取る」
「ありがとうございます。今後とも良いお付き合いをよろしくお願いしますね」




