第367話 誰もが命を懸けている
「おいおい、こりゃ宮殿かなにかか?」
キャラクターデータコンバート先で一番はしゃいでるの、そんなワクワクしないと言ってたエリスさんなんだよなあ。
ペタペタと壁に触れて、その感触を確かめている。
「妖精の小径ってこんな感じか」
むしろワクワクするって言ってたシャノンさんのほうが落ち着いて周りを確認してる。
「ダンジョンの傾向にもよると聞いています。アーリアみたいな自然系だと、洞窟だったり、茂みの中だったり、気付かずに通り過ぎたり、入ったりということがあり得るみたいですね」
「まあ、それじゃ例の機械型とやらを拝みに行こうぜ」
シャノンさんとエリスさんが先導して、僕らは妖精の小径の出口に向かう。
「「キッモ!」」
そして前衛二人が揃って声を上げた。
まあ、分かるよ。
人型をしてる分、気味悪さはどうしてもあるよね。
人を模した仮面が付いているのも、本当に嫌らしいと思う。
名称無しというのもなんだから、殺人機械と呼ぶことにして、その認識を一致させる。
「妖精の小径はハメポイントだからその有利はきっちり利用していこう」
妖精の小径はモンスターが入ってこられないという特性があるため、後衛の安全をかなり確保しながら戦える有利ポイントだ。ただし敵意を取っていると攻撃してくる可能性はある。
つまり遠距離攻撃を持っている場合、近寄ってはこないが攻撃はしてくる、ということがありえる。
個人的には実は入って来られないというのも敵の罠で、実は入ってこられるのに外で待機しているという可能性も疑っているけど、疑い出せばキリはない。
「なるほど。確かに強そうだ」
「少なくとも30層ドラゴンよりはよほど強さを感じるな」
二人は態度を改めた。
相手の強さというのは正確には分からないけど、なんとなく感じられる。
「いいか? 良けりゃ行くぞ。こりゃ気合い入れていかないと死ぬぞ」
「最悪の場合は撤退も考えてくださいよ。こっちは大丈夫です」
「よし、戦闘開始だ」
エリスさんとシャノンさんが左右に分かれて、妖精の小径から外へと身を躍らせる。
待ってましたとばかりに起動した殺人機械が最初に行ったのは上半身をぐるりと一周させながら刃のある腕を振るう回転攻撃だった。
シャノンさんもエリスさんも手にした武器で防御に成功するけど、タイミングは結構ギリギリだ。
「いきなりやっべぇ! 人型だと思うなよ。エリス」
「わーってる!」
激しい攻防。連続で響き渡る金属音。
シャノンさんとエリスさんが二人がかりで互角。
ということは本当に僕は遊ばれていたのだということになる。
「軽く当ててもダメージにならねぇ!」
「踏み込むにゃ、敵の攻撃が激しすぎる! ロージア!」
「適当に行きますから、当たったらニーナちゃんに回復してもらってくださいね」
巻き込むことありますよという宣言。
それをさっくりと告げて、ロージアさんが水魔法を放ちだした。
飛翔する水の塊は、次々と殺人機械に命中するが、ダメージらしいダメージを与えているようには見えない。
そして殺人機械の背中にある突起が、腕のように開いて伸びて、こちらを向いた。
「――!」
僕は咄嗟にロージアさんとの間に割り込んで、ポリカーボネートの盾を構える。
重い衝撃!
たたらを踏むほどの衝撃が来る。
銃撃、というよりは砲撃。
「遠距離攻撃です! 当たり所が悪くないかぎり耐えられると思います!」
やっぱり隠し持っていたか!
「一体から出てきていい手数じゃないだろ、こいつ!」
未だにどちらも有効打を与えられていない。
「妨害系打ちます」
ロージアさんが言って、水の塊を飛ばす。
それは殺人機械の片腕に当たり、そのままくっついた。
水属性妨害系魔法[纏わり付く水妖精]
いい位置に当たった。
相手の動きを妨害するというよりは重みを増して、鈍くさせる魔法だけど、複数同時に乗せることができない。
当てる位置が重要な魔法だ。
生物なら呼吸部に当てることで非常に強力な攻撃魔法にもなるけど、機械相手ならこれが最適解だと思う。
やっぱり水魔法ちょっと便利さがおかしいよ。
運営ィ!
これの調整はするな!
「トロいんだよ!」
シャノンさんの大きく振りかぶった一撃が殺人機械を捉える。
いや、ロージアさんの魔法で遅くなっただけだよ!
吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる殺人機械。
損傷は、あまり確認できない。少し金属外皮が凹んだくらいだろうか。
「こりゃ叩き甲斐があるねぇ!」
やはりこの敵は強い。
シャノンさんの全力攻撃なら40層でも通用するはずだ。
ダメージが与えられている感じは受けるけど、予想していたよりもずっと硬い。
「やや上方修正! 42層想定で!」
つまりレベル42から40の僕らのパーティからすると格上だ。
しかも今はレベル8の長柄秋までいる。
強敵だという認識をさらに改める必要がある。
「カズヤ! 前に出られないか!?」
「厳しいです! 遠距離攻撃を防ぐために誰かがここで後衛を守らなければなりません!」
「その役割は私がするわ」
「ロージアさん!?」
確かにこの世界の職業とはただの自己申告で、それによる装備制限などはない。
水魔法使いが盾を持ったっていい。
だけどロージアさんはそういう訓練を積んでいないからあの遠距離攻撃を防ぐのはかなり難しいはずだ。
「あの二人が有効打を与えられていない。前衛不足よ。そこを埋められるのは誰?」
「――僕です」
僕はポリカーボネートの盾をロージアさんに渡して、巨大なマイナスドライバーを手に持つ。
特攻武器であってくれ!
殺人機械のところに駆け込んで、一閃。
ガキリと金属外皮に弾かれる。が、妙な感触。
ネジが硬くて、僕の力じゃ回らなかっただけのような。
「エリスさん、武器交換!」
僕がマイナスドライバーを投げると、エリスさんが応じて手にした剣を投げてくるので受け取る。
分かってたけど、黒鉄の剣は重いッ!
全身の筋肉を使って振り回すように一撃。
僕の全力の一撃は殺人機械の外皮に弾かれる。
弾かれて僕の体勢が崩れたところに殺人機械の攻撃。
避けようか、受けようか迷った一瞬がもう命取り。
ギリギリで剣を捻じ込んだが、右腕が半分くらい切断される。
激痛が走り、血が噴き出す。
かつてない痛打。
だけど、ダメージとしてはドラゴンの突進を食らった時のほうが大きかった!
「ぐぅっ!」
「強制再生」
傷口を一瞬で回復する強力な魔法をニーナちゃんは僕に放つ。
腕を切られた以上の激痛が走る。
そうなんだよ。
この魔法、回復スピードがめちゃくちゃ速い代わりに、クッソ痛い。
歯を噛みしめて耐える。脂汗が浮かぶ。
これしてもらう度に、もう二度と戦闘中に大きな負傷はしないと誓うのだけど、誓いって破られるために立てるものだからね。仕方ないな!
「だああああああ!」
痛みのお返しだとばかりに殺人機械を蹴りつける。八つ当たりだ!
靴に仕込まれた金属の突起は運がいいことに殺人機械の足関節に入った。破壊できるというほどではないけれど、体勢を崩させた。
「こ――、こッ!」
シャノンさんの全身を使った回転切り下ろしが、殺人機械に断頭台のギロチンの如く振り落とされる。防御しようとした殺人機械の腕ごと、床に叩きつける。
だが同時に殺人機械は背中の突起を伸ばして、シャノンさんを撃った。
全身で攻撃行動中だったシャノンさんに避けることができなかったし、避けられたとしても彼女は攻撃を優先しただろう。
砲弾はシャノンさんの右肩に直撃し、その体は吹っ飛ばされる。
クソが! 人型なら人型らしい挙動をしろよ!
「エリスさん!」
「ああ、クソ、ただぶん殴ればいいんだよな!」
僕はシャノンさんのところに駆けつける。地形の関係でシャノンさんの体はニーナちゃんの視界の外まで吹っ飛んで行ってしまったからだ。移動させなければ回復ができない。
僕は武器を捨て、シャノンさんの鎧の首元と、そのほとんど千切れかかった右腕を持った。
引きずって、妖精の小径へ。
その僕の顔を掠めるように水攻撃魔法が飛ぶ。
「ニーナちゃん! 再生と、回復!」
多分両方やらないと回復しきれない。
シャノンさんはこの場ではもう戦線復帰できない恐れもある。
それほどの傷だ。
だから僕の前線参加は必須に変わった。
いま僕に求められている役割は前衛。
それも重戦士のものだ。
やるんだ。
最終的にこの戦闘から敗北離脱するにせよ、僕はまだ立っている。
逃げるのはやり尽くしてからだ!




