第364話 【世界で一番可愛い君へ】3
俺がオリヴィアちゃんへの認識を改めている間にも話は続いている。
148,114人が視聴中 23分前にライブ配信開始
初配信というのは人が集まりやすい傾向があるが、それにしたって多い。
というか、この動画、初配信ってタイトルに入ってねぇ!
そうなるとチャンネル登録者もそうだけど、それ以外の人もふと見たら可愛さにぶん殴られてそのまま離れられなくなっているということだ。
『じゃあ視聴者から質問を募集する前に私から聞いておきたいことがあったんだった』
『メイちゃんから? なに? あの人は旦那だよ』
『その下りまだ引っ張るんかい! そろそろカツ丼って言われるよ! 私が聞きたいのはチャンネル名。なんでOliviaChallengeなの? 普通はOliviaにアンダーバー入れて数字とかじゃない?』
『ああ、二つ意味があってね。ひとつは私が色んなことに挑戦していく姿を見せたいから。もうひとつは、今後の話になるんだけど、私が伝えたことを皆にも挑戦して欲しいから』
『伝えたこと?』
『ダンジョン攻略指南動画を作るつもりなんだ。皆にも是非ともダンジョンに挑戦してレベルを上げて欲しいなって』
「ダンジョン!?」
俺は思わず声を上げる。
オリヴィアちゃんは探索者だというのか。
え? なに? レベルが上がると可愛さのステータスが上がったりすんの?
俺は思わず自分のステータスを確認するが、魅力とか、カリスマのステータスは存在しない。
レベルを上げたからと言って可愛さが増すわけではない。
『ダンジョンって、危なくない?』
『危ないよー。私のパパとママもダンジョンで行方不明だし、だからこうしたらいいよって安全に攻略できるような指南動画にするつもり』
『さらっと重い過去をぶち込んでんじゃないよ! いま全視聴者が引いてるわ!』
『ん~、でも私は死んだって思ってないから』
『いや、それはいくらなんでも……。いつ頃の話?』
流石の橘メイも言葉を濁した。
俺も衝撃を受けたが、オリヴィアちゃんは大真面目に言っているように見える。
『10年くらい前だね』
『オリヴィアちゃん、それは……』
橘メイは慰めの言葉を探しているようだ。
日本では探索者がダンジョン内で行方を絶つと半年で死んだと認定される。
だけど10年前だとまだゲーム化直後で、その辺も曖昧な時代だ。
『可能性はある。どんなに小さな可能性でも。それが潰えるまで私は信じ続ける』
狂気すら宿したような瞳だった。
引き込まれる。その狂気に。狂いそうになる。その深淵に。
『オリヴィアというのはママの名前。私が有名になりたいのはね、皆に助けて欲しいからでもあるんだ。私はママによく似てると言われる。成長するほど、より似てきたって言われるから、皆には私に良く似たオリヴィアって名前の女性を探して欲しいんだ』
いや、無理でしょ。
だってこんなに可愛い女の子にそっくりの女性がいたなら世界が放っておくはずがない。すでに世に出てきているはずだ。オリヴィアちゃん自身が町中を歩いているだけで盗撮されてバズったんだから。
『世界中のありとあらゆる場所、そしてダンジョンの中にまで私の声を届けたいの。私はここにいるよ。あなたたちの娘はここにいる。元気でやってるから、見つけたら連絡して』
俺は、駄目だ。
オリヴィアちゃんみたいな女性を知らない。
コメント欄も流れが止まった。
『ひょっとしてあんたが色んな国の言葉を喋れるのって……』
『ん~、結果的にって感じだけど』
『ちなみに何カ国語くらい話せるの?』
『ちょっと自分でも分からないかな。多すぎて数えらんないかも』
そんなことある!?
『なので、町中で外国の人に話しかけて、突然その人の母国語に切り替えるドッキリ動画なんかもやろうと思ってるよ』
『いや、あんたの見た目だと欧米の言語は普通に話せそうだから、相手もびっくりしないんじゃね?』
『ham samajhit hay. ka tohaka mammee ke baare ma pata naaheen?』
『全然分からん! 分かる視聴者おるん? ネタで適当に文章拾ってきてコメントしてないか?』
[さっぱり分からん]
[どこの国の言葉だこれ?]
[聞いたことねえ]
[適当言ってる?]
[chhama. hamaka samajhi nai aava.]
[分かりませんねえ]
[マルチリンガルがすぎる]
『ガチっぽい返答来とるやんけ! オリヴィアちゃん。通訳!』
『私がママのこと知らない? って聞いて、分からない。ごめんって返ってきてるね』
『何語なの!?』
『アワディー語』
『阿波踊り語?』
『アワディー語は、インドの方言だね。東の方の』
『インド語に方言とかあるんだ』
『インド語というか、ヒンディー語はまた別だね。インド公用語はこっち。Namaste』
『あ、それは知ってる! こんにちはだよね!』
[ふええ、お勉強配信だった]
[これガチなの?]
[阿波踊り語おぼえた]
[なますてー]
[べんきょうになるなあ(震え)]
[知ってる!]
[東北で家に来るやつでしょ]
[ヤッバ]
段々理解が追いついてくる。
オリヴィアちゃんは本気なのだ。
本気でこのチャンネルを全世界80億人に届けようとしている。
だから可能な限りの言語を習得した。
多分、話者の多い言語から学んだんだろうけど、インドの方言って何人くらい話すものなの?
そう思って検索したら2,000万人って書いてあって、そりゃ優先順位も高いわ!
コメントはどんどん多国籍になり、オリヴィアちゃんはちょいちょいそれを拾いながら、橘メイとコントを繰り広げる。
『配信はねえ。環境がまだ整ってないから、しばらくは動画かな。今日もメイちゃんの機材を借りてるしね』
『もう一回くらいは貸してあげるわよ。そしてこっちのチャンネルに出てよ。へへ、収益化も通ってますぜ』
『うーん、収益化はしなくてもいいと思ってるんだけど』
『なんでよ! しなさいよ! いい? みんなは払いたいの! 推しにはお金を払いたいのよ!』
『みんな、お金を大事にしようね』
『推し活は大事なお金の使い方よ! 見なさいよ。この払わせてくださいコメントの数を。みんなの気持ちを受け取ってあげて!』
『みんな、そのお金でまずは装備を揃えて、安全確保だよ。武器より防具優先。武器は最初は棒でもなんでもいい。刃物を持とうとしなくていいからね』
『ダンジョン講座始まっちゃった!』
『1層に行くだけなら装備もなにもいらないから、まずは講習を受けて君も探索者証を手に入れよう。スモールスライムをぷちぷち潰してストレス発散するだけでも、ちょっと日々が楽しくなって、レベルが1から2って結構体感あるよ! お得!』
『これダンジョン管理局からお金貰ったりしてない? プロモーションって入れとくべきだった?』
『あはは、どこからもお金貰って、……ないよ?』
『なんで間があった、いま!』
『そんな感じで、このチャンネルは私が色々チャレンジしていく予定です。皆もこれしてほしいって案があったら教えてね。人気の出るヤツでお願いだよ!』
『さらっと締めに入ってる!? あ、まあ、時間もちょうどいいか』
配信が始まって一時間くらいだ。
これ以上はダレるし、このくらいで切り上げるのは正解だと言えると思う。
このまま12時間とかされても、俺は見るけど、明日は日本全国で遅刻者が激増するだろう。
『次の配信や動画の予定は全然わかりません。公式SNSをフォローだけしておいてね。一応告知をするつもりはあります』
『今日のもひどかったもんね。せめて直前告知入れなさいよ』
『メイちゃんが勝手に配信始めちゃったんじゃない』
『不思議だなあ。メイちゃんなにもしてないのに勝手に配信が始まってたなあ』
『締めの挨拶どうしよっか。まあ、これならどこでも分かるかな。bye! また見てね!』
『みんな、ばいばーい。ステラリアの橘メイをよろしく。橘メイのチャンネルも概要欄にあります。チャンネル登録してね! ねえ、エンディングも無いの? ブツッと切るの? 準備不足は止めてよね』
『じゃあ、画面から捌けよ。エンディングの代わりに歌います』
手を振って二人は画面外へ消えていった。
そしてオリヴィアちゃんがアカペラで歌い出す。
いや、なんで子守歌?
著作権を気にしたのかな?
しかし、今日は仕事頑張ったから疲れたな。
オリヴィアちゃんの歌声を聞いてたら気持ちよくて力が――。
翌日、日本では多くの人が顔にキーボード型の跡をつけたまま仕事なり学校へ行くことになった。
俺ももちろん例外ではない。
これが全世界に轟くことになる伝説の始まりだ。
俺だけが一番最初から追うことのできた伝説だ。
OliviaChallengeチャンネル。
昨晩の最高同時視聴者数44万人。
チャンネル登録者数160万人。
これがまだスタート地点だ。
彼女は走り出す。
俺は偶然にとは言え最前列を確保できた。
彼女がどこまで行くのか見届けたい。
この席は誰にも譲らない。
彼女を最初に見つけたのは俺だ!




