第363話 【世界で一番可愛い君へ】2
話が盛大に逸れたな。
YouTubeチャンネルの話に戻ろう。
ライブには結局行けなかったし、観客が撮影した動画を見ちまって、俺は一晩布団の中で泣いたが、これは感涙だよ。そして現地で体験できなかった悔し涙だよ!
顔が腫れて仕事は病気だと言って有給を取った。
超ド級ブラックなので証拠画像を送れって言われて顔を撮影して送ったら来るなって言われた。タチの悪い感染症だと思われたらしい。
出社したら同僚に宣伝してやるからな。
この熱病の感染力を思い知れ!
なにか新しい動きは無いかと俺はただただ検索結果を更新連打するマシーンと化した。
得られたのはオリヴィアちゃんが世間に知られていくその過程だ。
チャンネル登録者数はうなぎ登り。
上昇率が上がり続けるという訳の分からない事態になっていて、公式ということになっているSNSアカウントからはなんの発信もないまま、翌日になり、俺は泣きはらしながら仕事に行き、同僚たちを感染させて、さらに翌日、デスクでこっそり見ていたSNSで更新があった。
『チャンネル登録者80万人突破ありがとうございます。記念配信を今晩行います。時間はまだ決まっていないので、根を詰めないで待っていていただけると嬉しいです』
今晩って何時さ!?
分からない以上、最速で仕事を終わらせるしかない。
仕事に終わりなどないし、やればやるだけ増えるものだが、これだけやれば今日の帰宅は許されるという範囲はある。
俺は日報を叩きつけ、デスクを後にした。
引き留める者はいなかった。
俺が泣いていたからかもしれない。
帰り道、道中、電車中、道中、俺は更新ボタンを連打し続けた。
夜の22時半よりちょっと前、別になんの告知も無くライブストリーミングは始まった。
うおおおおおい! せめて告知をしてくれ!
いや、オリヴィアちゃんはきっと不慣れなのだ。仕方ない。
配信事故はむしろご褒美だ。
FPSでクイックショットを決める並みの速さでマウスを操作し、クリック。
『え? 待機画面無いの? 画像すら? それは駄目だよ。視聴者をなんだと思ってるの?』
最初に聞こえてきたのはそんな声、だが俺には分かるね。
これはオリヴィアちゃんの声じゃない。
あのライブ動画で歌声を聞き続けた俺だから分かる。
『メイちゃん、どうしてそれ2回言ったの? さっきも言ったよね? どうして?』
これが女神の声だ!
『どうしてかなあ? メイ、分かんないな』
画面に映り込むんだのは女神ではなく、ステラリアの橘メイ。
自室のように見えるけど、もしかしてこれは橘メイの部屋なんだろうか?
橘メイの配信を追っているわけではないから、そこは分からない。
いや、コメントを見る限り、それで正解っぽいな。
『あ、ごっめ~ん、オリヴィアちゃん、これもう配信始まってるかも』
『そうなんだ。やっほー、見えますか?』
そして女神は降臨した。
私服姿だ。やったー!
その途端にコメント欄がすごい勢いで流れる。
[かわいい!]
[メイちゃん可愛いよ]
[kawaii!]
[なんだなにも見えなくなったぞ]
[お布施したいからgoogleは早く収益化の申請を通せ!]
[可愛いの天才]
[見えてるよー]
[見えた]
[見えます!]
[見え]
[いえーい、オタクくん、見てる?]
[見えてますよー!]
なん……だと……。
この配信は告知もなくいま始まったというのに、もうこんなに人が!?
3,275人が視聴中 1分前にライブ配信開始
「なんでだよ! いや、いいよ。足りないよ!」
画面の中でオリヴィアちゃんは首を傾げる。
『メイちゃん、お返事は聞こえないの?』
『通話じゃないよ! 返事が聞こえてきたりはしないよ! ここ、ここ見て!』
『わぁ、速すぎてよく分かんない』
『お前らちょっと落ち着け!』
それまで滝のように流れていたコメント欄がピタッと止まる。
『調教されすぎだろ! 信者かなにかか!』
『駄目だって、メイちゃん。メイちゃんのファンもいるかもしれないよ』
『あったりまえじゃない! この宇宙の全人類は私のファンなんだから!』
『そうなんだ! だったらメイちゃんの出てるこの配信は全人類が見るね。全人類のみんなこんばんはっ!』
ほら、行けよ。視聴者。同時視聴者80億人を突破しろ!
正直、橘メイも可愛い。
それは認めよう。
橘メイは世界で最高層のビルみたいな可愛さの高さがある。
そしてオリヴィアちゃんは太陽だ。
『それにしても素直に賞賛だよ。登録者もう80万人? って100万人越えてるじゃん!』
『おー、練習通りだ』
『言うな! こいつ、ちっとも台本通りに喋らない! 根本的にユラタイプ!』
『どれどれ、あ、God afton. Tack för att du tittade!』
『え゛? なに? オフトゥンって言った?』
『En futon? Varför är min futon här nu?』
『絶対言ってる!』
『メイちゃん、寝言にはまだ早いよ』
『よく分かんないけど、こいつ、泣かせたい』
『ほら、メイちゃん、台本通りに進めよ。というわけでまず自己紹介をしたいと思います。私はオリヴィアと言います。みんな知ってるよね? はい。じゃあ、メイちゃん、どうぞ』
『こんばんは~。今日はオリヴィアちゃんのお手伝いをしているステラリアの宇宙一可愛い担当、橘メイですっ! ステラリアのこともよろしくねっ! え? なに? あんた、自己紹介終わったの? 名前言っただけで?』
『他に言うことある?』
『あるわいっ! みんな興味津々だよ! そもそも何人だよ!?』
『日本国籍はあるよ?』
『じゃあ、日本人だわ。みんな、日本人というのは民族名ではないよっ! 単一民族国家だから忘れがちだよね!』
『えっ、日本にも少数民族はいるよね? 単一なんて言っちゃっていいの?』
『センシティブゥ! 単一民族国家の定義は最多民族の占める割合95%だから言っていいの!』
『すごい! 頭良さそうに見えるね。メイちゃん』
『頭良さそうじゃなくて、良いんじゃい!』
『でも、どうかな? 本当に日本人の95%以上が同じ民族だと言える? そもそも日本人って先住民族と渡来人が混じってない?』
『ぶっぶー! 民族は血族とはまた別でーす! 同一の社会性を持つ集団のことを民族って言うんだよ。知らなかったんだ、オリヴィアちゃんは』
『あー、確かに。RaceじゃなくてEhinicityかあ。確かにそんな印象ある』
『えっ? えすにしてぃ?』
『Monoethnic stateと言われたら確かにそうかも』
『ものえすにっくすてーと』
ごめん。なに言ってるの? この二人。
[なにそれ?]
[発音がネイティブすぎて聞き取れない]
[日本人って同じだと思ってたわ]
[メイちゃん、なんで時々妙な知識あるの?]
[もの……もの……]
[ヒューマンレース的な?]
[Buonasera. È carino]
[95%って多くね?]
[オフトゥン]
[あたまいい]
コメント欄も困惑で埋め尽くされている。
あと、ちょっと遅れて再生してるやつがいるな。
ところで台本書いた人、視聴者のこと考えてる?
『Buonasera. È per la maggior parte in giapponese, ma spero che vi piaccia!』
『もしかして偶に入ってる外国語のコメント読んでる?』
『Sì』
『帰ってこい! これは日本の配信じゃい!』
『えー、せっかく海外から見てくれてるのに』
『禁止! 禁止です。視聴者も分かったよね? 今から外国語禁止!』
『しょうがないなあ。メイちゃんは』
『一々拾ってたら進行がおかしくなるわい! こっちにだって予定ってもんがあるのよ! はい、次! 皆が本当は気にしてること! 一緒に映ってた男の子は、オリヴィアちゃんのなんなの?』
『夫です』
『んなわけあるかいっ!』
『配偶者です』
『通そうとするな! そのカード!』
『はい。メイちゃんの負け。それ英語です』
『私にも適用されるんかい! そりゃそうだわ! そういうコーナーじゃねぇんだわ!』
なんか、オリヴィアちゃんって思ってたよりずっと親しみやすい感じなのかな?
俺は俺が抱いていた勝手なイメージが崩れ去るのを感じる。
なんというか、ものすごい特別な子だと思ってた。
だってダンス動画はものすごかった。
ライブの映像はもっとすごかった。
だけどいま同世代の女の子とキャッキャと笑いながら配信する彼女は普通の女の子だ。
普通の女の子のする話題かな?
一瞬、よぎった疑問を、そのままよぎらせて、俺は自分の中のオリヴィアちゃんの印象が180度変わるのを受け入れた。
そしてそんな彼女のことをもっと魅力的だと思ったんだ!




